てひどくいじめられて、首輪のところからつながれていたのを必死に切って逃げて来ているので、ずるずる地面を引ずる荒繩の先は藁のようにそそけ立ってしまっているのであった。
景清は、それからずっとその庭にいついた。日中は樹の間の奥にいつまでも寝そべっていた。そこからは廊下や座敷で動いている人間のいろんな姿を見ることが出来た。余り人の行かない庭石のところに鉢を出して、飯をおいてある。
そのうち防空演習がはじまった。サイレンが何度も気味わるく太く長く空をふるわして鳴りわたる。
すると、一秒ほどおくれて、その犬がきっと遠吠えをはじめた。サイレンの音よりちょっと高いだけで、終るのも、終りに近づいて音程の下ってゆく調子も、そっくりそのままに連れて、朝でも、夜でもサイレンの鳴る毎に吠え、人間はサイレンばかりをきくのとは又ちがった感情でその遠吠えを聴いているのであった。
いくらか犬の相貌がやわらいで秋が近づいた。今度は蚤を掻く音が高くきこえるようになった。見ているとそれほどでないのに、姿の見えない離れたところできくと、それは大きい凄じい掻き音である。それでもまだ人は近づけず、景清らしく秋の日に照され
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