芸術が必要とする科学
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)樟木《くすのき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)へちま[#「へちま」に傍点]の黄色い花も
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一
去年の八月頃のことであった。三日ばかり極端に暑気のはげしい日がつづいた。日の当らないところに坐っていても汗が体から流れてハンケチなんか忽ち水でしぼったようになった。その時の私の生活状態は特別なもので、その暑中に湯を浴ることもできなければ、櫛で髪をとかすことも自由にはできない有様であったから、大変に疲労した。胸の前で、自分の汗に濡れたハンケチをくるくるとまわしてやっとあたりの臭い空気をうごかし、蝉の声さえ聞えて来ることのない日中を過ごした。
そういう日のある午後、私は風通しのある二階の一部屋に出され、窓ぎわにあるテーブルに肱をかけて、何心なくそとの景色を眺めていた。窓から見える青空は、広々として雲一つなく日光に燃えあふれている。青桐の茂った梢が見える。乾いた屋根屋根が高く低く連なっている。路地の奥に一本の樟木《くすのき》が見え、その枝
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