りまとめようとするとき、こういう特長をとらえたことは、卑俗な日本の輸出品が、やすい香水入線香にフジヤマ、ゲイシャ、サクラなどという名をつけていたのでもわかる。戦争中、日本の超国家主義者たちは、ヒットラーにならって、日本文化の優秀を世界に誇ろうとして非常に努力した。外務省の国際文化振興会にしても、日本の自然の美しさを高価なグラビア版にうつしたり、雛祭りの飾りを紹介したりして、日本の文化的優越を示そうとした。
日本精神という四字が過去十数年間、その独断と軍国主義的な狂言で、日本の精神の自然にのびてゆく道をさえぎっていた罪過ははかりしれないほどふかい。作家横光利一の文学の破滅と人間悲劇の軸は、彼の理性、感覚が戦時的な「日本的なもの」にひきずられて、天性の重厚のままにとりかえしのつかないほど歪み萎えさせられたところにある。
森鴎外にしろ、夏目漱石にしろ、荷風にしろ、当時の社会環境との対決において自分のうちにある日本的なものとヨーロッパ的なものとの対立にくるしんだ例は、日本の文化史の上にどっさりある。漱石が生涯の最後に「明暗」をかきながら、自分の文学のリアリズムに息がつまって、午前中小説をかけば午後は小説をかくよりももっと熱中して南画をかき、空想の山河に休んだということは、何故漱石のリアリズムが彼を窒息させたかという文学上の問題をおいても、大正初期の日本文化の一つの特徴的な苦悩の姿であった。
こういうヨーロッパ的なものと日本的なものとの間にひっぱられ、板ばさみに会う感情は、きょうでは決して鴎外や漱石だけの問題ではなくなって来ていると思う。レマルクの「凱旋門」は日本でもベスト・セラーズの一つであった。小説をよむほどの若い人々はみんなよんで、一九四七年度の感銘された作品の一つとした。「凱旋門」のどの点に、こんにちの若い日本の精神をとらえた魅力の核があったのだろう。あの小説よかったわ、というひとたちに向って、いちいちその読後感のよりどころをたしかめようとしたら、おそらく答えさせられるひとは迷惑しか感じないのではなかろうか。だって、よかったんですもの。――
「凱旋門」のなかには、その人たちの生活感情のうちにひそんでいて、しかも日ごろはそこに触れられることのない人間的な要素に、なにかの角度からおとずれてゆく情感があったからにちがいない。それはなんだったろう。医師ラヴィックの生活をとおして全面に描き出されている旧いヨーロッパの秩序の崩壊に対するやきつくように鋭い意識とその意識につらぬかれつつそれをもちこたえてゆくダイナミックで強靭な感覚と神経。「凱旋門」が日本の若い人々を魅した秘密はそこにあるのではなかろうか。
この推定は、無根拠ではない。何故なら、旧い日本は一九四五年八月十五日にわれわれの内と外とで音たかく壊滅したはずだった。それだのに、きょうのわたしたちの現実にからみついて棲息している旧いものの力はどうだろう。それがいっそういとわしいことには、民主的だとか新しい日本の建設だとかいういいかたのうちに、いつも六分まで旧いものをもりこんで、出されて来ることである。日本の社会の雰囲気には、破滅のうちに生きていながらその破滅を意識の正面にうけとってゆくリアリスティックな凜冽さが足りない。そして、それは昨今ますますぼやかす方向にみちびかれている。破滅的現象は街にも家庭にもあふれ出ているのに、若い眼も心も崩壊の膿汁《うみ》にふれていながら、事実は事実として見て、生活でぐっとそれによごされず突破してゆくような生活意欲はつちかわれていない。若さは無意識のうちにこんにちの姑息ないいくるめや偽善をもの足りなく思っていて、「凱旋門」に描かれているあからさまな破壊とそれをしのぐ人間精神にひかれたのではなかったろうか。
三
遊廓は、封建的な婦女の市場だった。徳川時代、武士と町人百姓の身分制度はきびしくて、町人からの借金で生計を保つ武士にも、斬りすて御免の権力があった。高利貸資本を蓄積して徳川中葉から経済力を充実させて来た大阪や江戸の大町人が、経済の能力にしたがって人間らしい自分の欲望を発揮するためにはさまざまの苦肉策がとられた。大名、武家に対して町人の服装は制限されていたから、表は木綿で裏には見事な染羽二重をつける服飾も、粋という名で町人の風俗となった。武家の能狂言に対して、芝居が発達した。その大門をくぐれば、武士も町人も同等な男となって、太夫の選択にうけみでなければならない廓のしきたりがつくられたのも、町人がせめても金の力で、人間平等の領域を保とうとしたことによった。大名生活を競って手のこんだ粉飾と礼儀と華美をかさねたその場面が、婦女の売買される市場であったということは、封建的社会での女のありかたをしみじみと思わせる。君とねようか千石と
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