応えてくれる声、眼、彼の全部を持ち得ないのだと想うことは、どれ程の空虚を感じるかということは明かです。
その空虚の予感が自分を苦しめます。考えさせずには置きません。
自分は、単に哲学的思弁によって肯定し得るばかりで無く、全我、全人格を以て、「生くるとも死ぬるとも我等は一つなれば」という悟りの境涯に入り度いのです。
少くとも、非常な場合に、結婚と同様な、一種の人格的飛躍で、その域に達し得るだけの叡智を持っていることだけは自信したいのです。
持ちたい、見たい、語り度い、という執念からは解脱したく、またすべきであると思わずにはいられません。
現在の、或る時には非常に原始的な愛の爆発を持つ心の状態のままで、不意に、思いもかけず、自分の手から愛する者を奪われたらどうなるでしょう。
ここに或る一つの場合を考えて見ます。先ず、私が良人を失ったと仮定します。自分は非常に、非常に彼を愛していました。死後も同様な、絶間ない愛を抱いているのです。ところが、生活慾の熾《さかん》な、刻々と転進して行く生は、私を徒にいつまでも涙のうちに垂込めては置きますまい。激しい彼への思慕を持ちながら、それを語るこ
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