、その某博士が逝去されたという文字を見た瞬間、自分の胸を打ったものは、真個のショックでした。
どうしようという感じが、言葉に纏まらない以前の動顛でした。
私は、二度も三度も、新聞の記事を繰返して読みながら、台所に立ったまま、全く感慨無量という状態に置かれたのです。
食事を仕ながら、自分は、種々に自分の心持を考えて見ました。
親類でもなく、師でも友でも無い、尊敬する一人の学者としてのみ間接に、間接に知っている人の死に対して、それ程直接に、純粋に、驚愕と混迷とを感じたのは何故だろう。
考えの中に浮び上ったのは、第一、その博士夫人に対する自分の感情的立場です。
文学的趣味を豊かに蔵され、時折作品なども発表される夫人は、全然未知の方ながら、自分の心持に於て同じ方向を感じずにはおられません。
お年も未だ若く御良人に対する深い敬慕や、生活に対しての意志が、とにかく、文字を透して知られているだけでも、或る親しみを感じるのは当然でありましょう。
その方が良人を失われた――而も御良人の年といえば、僅かに壮年の一歩を踏出された程の少壮である。――ここで夫人の受けられる悲歎、悲痛な恢復、新ら
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