に必ずしもあうとはいえないながらその完成ぶり、大家ぶりにやっぱり感服した。
 黒い服に栗色の髪をもったカルメン夫人は良人のワインガルトナー博士に与えられた拍手とは、又おのずから異った歓迎の拍手の嵐の裡に台へのぼり、レオノーレを指揮しはじめたのであるが、初めの調子から何だかぴったりせず、演奏がすすむにつれて、私の心持にぼんやりした疑いが起って来た。
 カルメン夫人が、技術的には先生であり良人であるワインガルトナーの道を踏んで進んで来ているのは当然であろう。棒の扱いかたや、左手の拇指と小指とに独得な力のこめかたをして、オーケストラに呼びかけてゆく癖など、ワインガルトナーそっくりである。けれども、専門的な言葉ではああいうのを何というか、カルメン夫人はオーケストラから各部分の音をそれぞれの独自的な意味で引き出して来るという印象を与えず、分析され切れない音響のかたまりを次から次へ並べて行く感じである。ワインガルトナーで縦に切りこんで行っているところをカルメン夫人の方は棒は同じように動かしながら、横へ、音の面を撫で、圧えているようなのである。しまりがない。善良であるが立体性が足りず、音のつかまえか
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