には、そういう実際の事情にもかかわらず、その文章に対する反駁の意味をもつ文章などだけは、それを書いた人々によって機関誌以外のいろいろな新聞、雑誌などに送られた。そういうやりかた一事を冷静に観察するだけでも、当時のプロレタリア文学運動の内にあった一つの傾向の性質を跡づけ得るような状態であった。
私は、思いもかけなかったつむじ風[#「つむじ風」に傍点]に捲きこまれ、しばらくの間は足元をさらわれずに立っているのがやっとのことであった。
しばらく時が経って、私は自分の書いたものにふくまれていた誤謬――おのおのの作家が現実の問題として制約を受けているさまざまの意識的段階を無視して、定式化された規範で批判し、実際の結果としてはその作家が階級社会の中で負うている進歩的役割を抹殺するようなことになってしまった誤りをはっきり理解した。
今日になっては、私自身至っておそいテンポながら文学の実践においてもすでにより発達した水準に到達しているし、プロレタリア文学運動において絶えず具体的に高められ強められてゆかなければならない芸術における階級性の問題も、今は、過去の成果と教訓によってよかれあしかれ、文学の
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