ながら恐れて居る」
 そう云ったまんま光君は静に目をつぶって居て身動きもしないので女はもうお寝になったのかとそうと立とうとすると、
「もう行ってしまうの、もうねむくなったのかえ」
と思いがけなく若君が云ったので女は中腰になりながら、
「イイエ、左様じゃあございません一寸」
と云ってまた座りなおした。女も光君もだまったままややしばらく立ったが、
「もう行っても好い。そのかわり呼んだら来て御呉れ」
と云うので女は次の間に立った。光君はその夜一晩中イライラした何か強い刺げきを望む様な心持で夜をあかしてしまった。若君には紫の君も立派な御心だし、貴方の御悶えになるのも無理はないと云った女の答がこの上なくうれしく思われて居た。

        (八)[#「(八)」は縦中横]

 家の宝の様に思って居る美くしい人達を送り出した山の手の家では火の消えた様に急にヒッソリして噂はいつも海辺の家に行った人達の上にかかって居た。東の対の光君の部屋では残った女達がひまな体をもてあましたようにいつもより倍も念入りに化粧してあっちに一かたまりこっちに一かたまりと集って海に行った人の噂をして居る。
「私はあの海辺に
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