て薬玉のようになって細殿の暗い方に消えて行く、一番しんがりの一群の男のささきげんでつみもなく美くしい直衣の袖を胡蝶のように舞の引く手、さす手もあやしげにやがてその影も小さくなった時月の影の一人さまよう階をおりて桜の梢をうっとりと女君の色紙の墨の香に魂をうばわれること小半時、やがて夢さめたようにそのうたをくりかえしながらとつかわくきびすを返す人をと見ればその美くしい姿はまがいもない光君であった。
(三)[#「(三)」は縦中横]
「此の間の宴の時に五番目に居た女君は、よく噂に出る紫の君って云う人なのかしら」
くつろいだ様子をして絵巻物を見て居た光君は、はばかるようにおもはゆげに誰にともなく云うと、わきに居た髪の美くしい年まがうけとって、
「エエ、そうでございます、大奥様の御妹子の御子で御両親に御分れなさってからこちらに御出になって居るんでございますよ。今年の始めに雪のある中を御出になりましたのですもの。女達は御いとしいと云ってねー、ほんとうに泣いたのでございますよ。ほんとうにいくら御姉妹が御有りだと云って彼の姉様なんかはまるで何なかたで却って妹様ばかり御苦労なさって居らっしゃるんでございますからねー、空は晴れてもまだ雪の消えなくて空と土面との境はうす紅とうす紫にかすんで、残った雪の銀のようにかがやく月に奥床しいかざりの女車に召して御出になったのでございます。そしてこれから御そばに召えようとする女達一人一人にかずけるものを遊ばして、
『これから又、いろいろ御世話になる事でしょう、二人でね――御気の毒ですけれど、どうぞね――』
とおだやかなうるんだ声でおっしゃったって女達は、
『どうしてあんなに御気が御つきなのでしょう、御姉さまは何もあそばさないのに一人でね――、どうでも私達は姫様によく御つかえしなくてはもったいないわけですワ』
と云ってあちらからついて来た人達ともよく折合て御つかえして居るんでございますよ」
「随分度々、母様などの噂にきいて居るけれ共そんなことは誰も今まで云って居なかった。そいでは随分苦労もして来た人なんだネー」
「エエエエもう、まだようやっと御十六に御なりなんでございますが、御考も御有りになり学問も身にしみてあそばして御いでですから御姉さまより御苦労が多くていらっしゃるんでございますよ。御歌なり、御手なり、音楽なり、御手のものでございますよ。この間中の女君の中で一番かけのない御方でございましょう、そんなことを申しては何でございますが若奥様よりもよっぽど何でございますよ」
女はまじめな熱心な様子ではなしをつづけて、
「ネ、若様、あの方なら貴方様の御方様に遊ばしても御立派でございますよ、御よろしければ……」
からかうように女は云って光君のかおをのぞき込んだ。
「マア、そんな事は云っこなしに御し、困るもの」
小さい声で云ってぽっと頬を赤くした。まわたにくるまって育った処女のように心の中で、
「私の心をしって居るんじゃあないかしら」
と見すかされたような心地がしてその視線をさけるように又巻物の上に目を落した。此の頃光君は、何となく淋しい悲しい心のどこかにすきの有るような心持の日がつづいた。光君は、美くしい色の巻物をしげしげと見ながらしずかに自分の心にきいて見た、「何故こんなに淋しいんだろう、もとと同じに暮して居るのに」
そう思って心の中に住んで居る小さいものにきこうとしてフト何か思いあたったようにそのほほをポッと赤くしてひそんで居るものを見出して居るようにあたりを見まわした。
「ネー若様、この頃貴方様はどうか遊ばしましてすネー。私達にはもうちゃんとわかって居ります。もうちゃんとおっしゃったらようございましょうものをネー」
ほほ笑みながらさっきの女は若い小さいものをいたわるように云う。
「変だって、何にも自分には変な事はないんだけれ共、わかってるって何が分って居るの、おしえて御呉れ」
「御自分の御心に御きき遊ばせ、世の中の若いまだ世間を知らない方なんと云うものは、とっくに人の知って居ることをなおかくそうかくそうと骨折りをしてその骨折がいのないのを今更のようにびっくりするかたが多いもんでございます。貴方さまも其の中の御一人でいらっしゃいましょう」
「そんなことはきっとない、だけれ共ネ……マア好い、もうそんな事は云いっこなしさ」
光君は居たたまれないようにクルクルと巻物を巻いてわざと、机のわきにすわって、思い出したように墨をすって手習をはじめた。女はそうと立って行って光君の肩越しにのぞくとこの間の宴の時に紫の君の詠んだうたを幾通りにも幾通りにも書きながして居たので、何か見出したようにかるくほほ笑んでかげに行ってしまった。こんなにえきれない、うつらうつらとした日を光君は毎日送って居る。
毎日きま
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