のを几帳の陰できいて居た姫は馬鹿にされたようないやな気持で居た。それから女達の話は急に変って常盤の君の噂になった。
 忍び合って通っていらっしゃるかかりうどの御兄弟が弟君の来て居らっしゃるところへ又兄君が知らないでしのんでおいでになって大騒をしたの何のと面白がって云って居るのをきいて女君は浅間しい事だと悲くて、
「どうぞその話はここだけでよその人に話すような事はしないでお呉、私の恥にもなることだから」
と云ってすすり泣きをして居られるので女達は申しわけのない様に一人立ち二人立ちしてあとには乳母とその娘ばかりが残った。乳母は今の中にと思って女君のそばによって几帳をすっかり立てまわして声をひそめて、
「姫様貴方御考えになりましたか」
と生真面目な様子できく。女君はまぶたがうす紅になって、艷な顔をそむけるようにして、
「幾度云っても同じ事」
と絶え入るように云って扇で顔をかくしてしまわれる。その様子が又なく可愛いので強いことも云えず、ぐちっぽく一つことを二度も三度もくり返してはたから見て居る自分達の心もとなさや、後のためにもなどと久しく話していたが結局は光君によい返事をするようにとすすめるのでだまってきいて居た女君は眉の間に決心の色をひらめかせながら、
「御前は私に心にもない事を筆の先だけで云えと教えるの、御両親は私にそんな事を教えるようにと御前をつけておおきになったのだろうか」
 いつにないするどい調子なので乳母はまごつきながらわびる様な声で、
「どうぞ御怒り遊ばないで下さいまし、自分の先が短いので息のある中に御身もきめてしまいたし私どもあんまり心配なのでつい申し上げたのでございますから。そんなに立派な御心とこんなにお美くしい御姿とを御二人に御見せ申す手だてがあったら」
と泣き伏してしまったので紫の君も、
「そんな悲しい事は云わないでお呉れ、私はたよりない身なのだからも少し立ったら、黒い着物でも着ようと思って居るんだから」
と泣きながらも取り乱した風のないのを乳母は又「何と云うけなげな方だろう」と思った。女君は額髪をぬらしたまま被衣をかけて身じろぎもしないでいらっしゃるので乳母は今更のように悪い事をしたと思ってそっと几帳の間から中をのぞいてはホッと吐息をついて居た。日暮方、明障子を細めに小さい手がのぞいてパタリとかるくたおれたもの音にそれと察した。女達は美くしい錦木の主とつれない紫の君の上を思って自分がその人だったらなどと思う女もないではなかった。送られた女君はそれを一目細い目を開いて見ただけで童のおもちゃにと何にも知らない小供の手にゆずられるのであった。

        (六)[#「(六)」は縦中横]

 長い間うつらうつらとして寝て許り居た光君は熱の高い時などにはききとれないような声で、
「紫の君、紫の君」
とうわごとを云うほどなので女達はみんな、
「何の因果のこんなうきめを見るのだろう」
とその声のきこえる毎にうつむいて額髪をぬらして居た。乳母などはその声をきくと一所にふるえた声で、
「何と云う方だろう、何と云う方だろう」
と云って西の対をにらんで居た。熱はなかなか下らないでうわごと許り云って居るので母君は心配して、
「この里の東の海辺の家は大変景色がよいそうだから
 そこへ行くようにすすめてお呉れ」
と云ってよこしたので乳母は、
「『この里の東の海辺の家は大変よい景色だそうだから行って見たら』と西の対から云っておよこしになりましたから行って御覧になりませんか」
と云ってすすめると光君は青ざめて凄いまで美くしさのました顔を上げて、
「そんなむごい事は云わないでお呉れ。どうせ死ぬ命ならせめてあの人の居る家で死にたいのだから。私はどんなにそれをのぞんで居るだろう」
と云って目を閉じて涙を流して居るので、
「じょうだんにもそんな事をおっしゃってはいけません。どうぞ貴方の御身御案じ申し上げて居る多数の家の人のためにとお思になっていらっしゃって下さいませ、キット私はあとから彼の方もすすめてあちらの家にあげる様にいたしますから」
と二日も四日もかかってすすめたので、
「それではキットそうしてお呉れ私は行きたくもないところへそれ許りをたのしみにして行くのだ。若し約束が違えば目を開いて二度お前の顔を見ることはないだろう。じょうだんだと思ってきいてお呉れでない」
とさんざん物悲しい事をならべたあげくとうとう行くことに返事されたのでにわかに一所に行く供人をえらんだり何かかにか用意するのに一週間許りは夢のように立っていよいよその日になった。美くしく化粧した光君の姿が車の中に入った時あとにのこる女達は急になさけない気持に、
「お大切に遊ばす様に」
「あんまり御歎きにならない様に」
「ここに残って御身の上を御案じ申しあげて居るものを御忘れなく」

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