れにむすびつけて居た。その中には、
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花散ればまぢりて飛びぬ我心 得も忘れ得ぬ君のかたへに
悲しめる心と目とをとぢながら なほうらがなし花の散る中
かなしめばかなしむまゝにくれて行く 春の日長のうらめしきかな
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などと細い筆でこまかい紙にかいては白銀のような針でつけて居る姿を女達は、「ほんとうにまるで絵のようです事」と云い合って居た。
 灯のついてから西の対の童が、
「貝合せをするからいらっしゃってはいかが兄君も二人の娘も見える筈です」
と云う文をもって来たので早速衣をととのえてよろこびに戦く心をおさえながら母君の部屋の明障子の外から、
「ごめん下さい私です」
と声をかけると声のやさしい女は細目にあけて黛を一寸のぞかせて、
「ようこそ、どうぞ御入りあそばして」
と云ってすぐ几帳を引いてしまった。
「よく来て下さったこと、今に兄君も常盤の君も紫の君も見えるでしょうからね」
とうれしそうに云いながら女に自分の几帳の中に方坐をもって来させてその上にすわらせて一年毎に美くしさのましてかがやかしくなって来る子のかおを見ながらいろいろのはなしの末こんなことを云い出した。
「貴方この頃どうしたの、かくさずと教えて下さいナ、大抵は私だって察して居るんだもの」
「別にどうもいたしません、何を察していらっしゃるの?」
「だからかくして居ると云うんですよ、貴方は思ってる人が有るんでしょう」
「有ったってなくったってそんなこと……いくら貴女が心配して下さっても人の心は思うようになりませんもの」
「だって、そんなに云うのがいやなら、何だけれ共――どうにかなるかと思ったものでネー」
 光君は母君の自分をいかにも子供あつかいに何でもかんでも自分で世話しようとするのがいやなような心持になった。
「こんなことで段々私達母子ははなれるんじゃああるまいか」
 こんなことも思って見た。
「何でもかんでも母にきかせてよろこんで居られない自分は不幸なのかも知れない」
 こんな思いもあとからわき上った。いろいろな思いはわかい柔い心の前をはやてのようにすぎて行く。光君はだまって目をつぶって心をしずめようとして居るところへ兄君が入って来た。
「オヤ、マア、珍らしい方が見える。貴方はこの頃大変風流な御病気だそうだけれ共まだ死んでは割が悪そうですよ」
 坐りもしない内からこんなことを云う。
「そんなことをおっしゃるもんじゃあありませんよ、私は何でもなくってもはたでそうきめてしまうんですもの」
 幼心な光君はまがおになって云いわけをするとそれを又からかって笑いながらからかって居る。
「貴方の姿が美くしいと云って沢山の女達が思って居ると云うことですネー。私なんかはどうかして思われようとつとめてさえどうしたものかたれも思ってくれない、たまに思ってくれる人が有ると思えば下の下のうずめの命よりなお愛嬌のある人なんかなんだもの、貴方はよっぽどまわりあわせの好い日に生れたに違いないネーそうでしょう」
「まわりあわせが好いんだかわるいんだかわかるんですか、人の思うよう思わせておきましょう」
「大変さとったことだ事、でもさとりをひらいたようでさとれないのが人間の好いところだもの」
 こんなことをいい気になってしゃべり立てて居る。
「一体女なんて云うものはいろいろ男に察しのつかないところばかり沢山有ってね」
 いきなりとってつけたようにこんなことを云い出す。
「そうでしょうか」
 光君は幼子のようにびっくりしたかおをして話をきいて居る。
「だけれども又そこが好いとこかもしれない。やたらにものをかくしたがったり、下らないことに泣いたり笑ったりほんとうに不思議なものだ、貴方はそう思わない?」
「思う思わないって、そんなことがわかるまで女の人につきあったことはないんですもの」
「つきあったことがないって、マア随分うまいことを云っていらっしゃること、あんまりつきあいすぎて何が何やら盲になっちゃった方らしいくせに」
 兄君はこんな皮肉を云ってその女のようななでがたをつっつく。
「おやめなさいよ。そんなこと、母様が何と思っていらっしゃるか」
 おじたように母の方をぬすみみるようにする。
 母君はだまってほほ笑みながら仲の好い兄弟をうれしそうに見て居る。
「ネー母様、ほんとうにそうですネー。云っちゃあ悪いんでしょうか此の人はどこまでもしらっとぼけて居るきなんだから」
「マアマア、そんなに云うのは御やめにしてネ。少しはこのごろの様子でもはなして下さいよ。私年とってからはあんまりほかの人の部屋にもゆかないんでネ」
「また母さんの年よった年とったが初まった。人って云うものは妙なもので死ぬ死ぬと云う人は死なないもんで年とったと自分で云う人は案外年をとらないもんでネー」
 兄君
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