れそれに正しい公平な答をした年若な美くしい女と乳母とであった。物狂わしくなった光君はけっしてらんぼうをするようなことはなかったけれ共あけくれ彼の人の着物を着せた人形を抱いてその人の前に居る時の様に話して笑ったり泣いたりして居られた。女達がどんなに親切にして上げても光君は彼の美くしい年若な女と乳母の云うことほかきかなかった。朝夕の化粧、衣更のことなどは皆二人の手にされて常に物凄い様な美くしさを持って居た。光君は夜昼のけじめなく美くしいことばでかなしいことを口走って居た。
「ア、大変だ誰か早く来てお呉れ、彼の人を誰かがつれて行ってしまう、オヤもう見えなくなった。マア、このしゃれ頭はどうしたのだろう、きっとこの中に彼の人も居るに違いないけれ共、アア私は生きて居られないほど悲しい」
身をもんで人形をしっかり抱いて泣き伏して居られるト急に身をおこして、
「マア何と云ううれしいことだろう、あんなにつれなかった人がまアどうしてこんなにおとなしくやさしくして下さるの。私の生が新らしく又吹き込まれたほど嬉しい、オヤいなくなった、どこへ? 早くさがしておくれ、あああのおおきな川に身を投げようとして居る、ア、もう入ってしまった。あああたしのよろこびは一時の夢であった」
こんな様なことは日に幾度となくくり返されることであった。朝の化粧の時など、光君は自分の髪をかく前に人形のかみをかき、自分のべにをつける先に人形の唇にべにさし指できようにつけてやって自分の胸にしっかり抱いて、
「ア、彼の人の唇のべにが私の胸にうつった、貴女はこんなに音なしく私の云うことをきいて化粧までさして下さる」
そんな事を云いながら髪を梳いて居る若い女の手を取って、
「マア、何と云う美くしい手だろう、この手を私はもうもらってしまった」
こまかくふるえて居る女の手をしっかりにぎって自分の頬にあてたり眺めて見たりするのを女はさからおうともしないでなすままにされて居る。紅は、この美くしくて物狂おしい人を思って居る、光君が紫の君を思って居た位、けれ共主従の関係をふかく頭にきざみ込まれた女は胸のさけそうな苦しさをしのんでかお色にもそぶりにもあらわさないで紫の君との恋の成功するようにとかげながら思って力をそえて居た。恋に敗れた光君は気が狂ってしまった。女は悲しみながらも自分一手でこの美くしい人の世話の出来るのをよろこび、又自
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