める男と、男の命をとるまでに心強い女とお前はどっちが悪いと思う」
と云うのは自分と紫の君の事を云うのだと女にはよく分って居るので何と答えてよいかと思い迷ってだまったまんま袴のひもをいじって居ると光君は涙声で、
「お前は女だから女の味方をして『それは恋する男の方が悪いのだ』と思いながら口には出しかねてだまって居るんじゃあないかい」
女は其れには答えないで、
「私はお察し申して居ります。私は貴方がお悪いとは決して思って居りませんけれども紫の君もお心のたしかなたのもしい方だとこの頃になって余計に思う様になりました」
光君はよろこびにはずんだ様な声で、
「お前もそうお思いかい、どう云うわけで」
「申し上げましょう。けれ共女のあさい考えで若し間違えて居りましたらどうぞ御許し遊ばして。
私は此の頃の姫様方があんまり音なしすぎて何でも云うことを御ききになりすぎるのをいやに思って居ります。それにあの方許りはしっかりときまった御心でいらっしゃいます。御自分には御両親がないから今にも少し立ったら黒い衣でも着ようと思って居らっしゃいますし又、御自分は人の家にかかり人になっていらっしゃる方でございますからその自分のために関係の多い方に苦労をかけたり又、そうたいした後見の方もない自分にかかり合って居らっしゃる方だなどと云わせたりしてはすまないと云う御心なんでございますってよく乳母の人が云って居ることでございます。私はよけい御いとしい、たのもしい方だと思って居ります」
と云うと弟君も大層よろこんで、
「御前は若いからよく私の心も察して呉れる。彼の人の心はたのもしいとは思ってもつれない様子は恨まれる、若しお前が彼の人だったらどうする」
と云うと女は夜目にも分るほど赤いかおをして、
「存じません」
と云ってわきを向いてしまう。
「あんまり下らない事を云って仕舞ったゆるして御呉れ」
と云った光君は心の中で自分よりももっとはかない恋をした人が世の中にまたと有ろうかと思いながら、
「お前は私よりはかない恋をした人の話を知って居るかえ」
ときくと女は口ごもりながら、
「絵の中の人に恋した話や、夢に見た面影の忘れられなかった人などは世の中に多いときいたことがございます」
と云ってそっと若君のかおを見ると淋しい悲しそうな面持で、
「恋する人の心はこんなに悲しいものだろうか。私は紫の君に合うことをよろこび
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