返事もしない。わきを向いたままである。
「ほんとうに、どうぞも少し御うちとけなさっても御そんは御有りになるまいに。私はこうしてたった二人きりになる時をどんなに前から待って居りましたろう」
「…………」
「まだ御だまり……
 じゃあ、私が申しましょう。私はね……私はね前から、どうかしてしみじみと御はなしをして私の心を知っていただきたいと思って居りましたの。どうぞ御きき下さいませ」
「そうですか」光君はポツンと落《おっこ》ちたような返事をした。
「ネー、私なんかは両親ともないもんでございますもの、いくら年は大きくなりましてもほんとに心細いことばかりあるんでございますよ。それでね、明けても暮れても思うのはたった一人でもたよりになる人がほしいとねーそればかり思って居りますの。貴方無理だと御思になりますか」
「無理も無理でないも、そんなこと貴方の御勝手ですもの」
「そうではございましても、ネーそれじゃあ不□[#「□」に「(一字不明)」の注記]でなくしておいていただいて、そう思うんでございますの、どうか貴方になんでも私の心の内に有ることをうちあけて御相談出来るかたになっていただきたいとねー。ほんとうに心から御ねがい申すんでございますよ」
「女のかたは女相[#「相」に「(ママ)」の注記]志が好いでしょう」
「そりゃあ女もようございますが悲しくて涙の出るときにはいっしょに泣いて呉れるばかりでそれについて力づよいことを云ってくれるでもなければ力にもなってくれませんもの」
「もうめんどうくさい前おきはやめて早く中みをお云い下さい」
 光君の声は恐ろしいまでにハッキリとキリキリした言葉であった。
「それじゃ申します、私は、――ほんとに御恥しいことですけれ共、貴方を、……御したい申して居りますの」
 一寸赤いかおをして女は云いきった。光君はだまって女のかおを今更のように見た。
 女はその小さい目に獣のような閃を見せながら、
「私達のような年になってする恋は仲々発しないかわりに命がけだと人は申しますもの」
 男さえも云いにくいと思うことをこの女は平気でたった二十ばかりでこんなことを云った。
「向日葵ハ太陽の光ならどんなささいなのにでもその方に向きますが、月のどんなによくてる晩でもうなだれてしおれて居るのが向日葵です」
 女は何の意味か分らないんで只だまって光君のかおを見つめて居た。
 いきな
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