心な世間知らずの心には、このとりすましたような女の口ぶりや姿がそのみにくいよりもいやでたまらないのでその本性をあらわしてくるりとうしろむきになって半分ねそべったような形してよっぽど古い、所々虫のくったあとの有る本をよんで居る。
女は、
「御ねむりあそばしたの。御気にさわりましたらどうぞね」
こんなことを云って兄君と又しきりにはなし出す。
そのはなしのところどころにきこえる、
「紫の君」
と云うのに妙に気をひかれて目は本の上に有りながら心はそっぷ[#「ぷ」に「(ママ)」の注記]にとんで居る。話はなんでも紫の君の噂にきまって居る、どんなことを云うかしら、又どんな噂をされるほどの人かと光君の心はあてどもないことにおどる。
「ホホホホ、もう御やめあそばせ。実の親よりあの方のことを案じていらっしゃるかたが有るって云うはなしでございますよ」
「ほんとうに、うっかりして居ましたね。壁に耳有り障子に目あり、油断のならない世の中だのにネハハハハ。でもいいじゃあありませんか、別に悪口を云ったわけではなし、只まるで石か木のような人だと云ったばかりですものネ、そんなにうらまれもしますまいよ」
光君は急に鉾先が自分の方に向ったのでびっくりして今更のように赤い頬をすると急に障子の外から、
「御免あそばして、……紫の君のところから御使にまいりましたが」
まだにごりをおびない澄んだ童の声で有る。やがてとりつぎに女が出た様子で小さい声で何か云いあって居たが、
「それではよろしく御つたえ下さいますように」
と云って童はかえって行った。
やがてとりつぎをした女は皆の前に出て丁寧に手をつかえたままでやさしいこえを出して、
「只今紫の君さまのところから御人でございまして斯う御言つけがございました。
御まねきはまことに有難く、とんでもよりたい心でございますがあやにく少々気分が悪いのでふせっておりますし又ほんの少しではございますが熱が有るようでございますからまことに何でございますが今は失礼致しますから。
斯う云う仰《おおせ》でございました」
と云って首を上げるのを見るとさっき光君の時障子をあけた女で有る。立とうとすると物ずきな兄君は、
「どうもごくろう、よくわかりました。さて御前は大層やさしい声を御もちだが、どこの御生れかな」
わざとこえをかえてしかつめらしくきくと若い女はたまらなそうに笑いこけ
前へ
次へ
全55ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング