しかし、今夜のように、まさまで編みものをとり出しているのは、全く珍しい光景であった。
 一ヵ年余の未決生活の後、どんな心持で佐太郎はこの大晦日の夜の刻々を感じ、うけとっているであろう。サエは正月に向って五日前専吉が検挙されている今の自分の感情の逆な場合として自然そのことを思い、佐太郎とまさの気持がまざまざと分るように感じるのであった。
 両方とも飾編を終って、まさが紐に白テープをとおしはじめると、佐太郎がちょっとせきこんだような持前の喋りぐせで、
「そりゃ、黒いテープの方がいい」
と云った。
「――本当にね」
 素直にまさが同感し、手をやめて眺めていたが、やがて、
「いいよ、どうせじきに黒くなっちゃうから」
 そして、さっさとすっかり白テープをとおし、結んで、手のひらの上に両方揃えてのせた。
「いいじゃないの?」
 可愛い、むく犬の仔のような靴下である。サエは、順坊によく似合うとほめながら、
「何て、あんたがた夫婦らしいやりとりなんだろう!」
と愉快そうに笑った。
 去年佐太郎がやられたとき、まさは臨月であった。生れた赤ん坊の順子という名は、佐太郎が警察の中からつけてよこしたのであった
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