ゆっくりと内ポケットから名刺ばさみをとりだし、狭谷町青年学校主事、狭谷町醇風会理事、その他二つ三つ肩書を刷りこんだ名刺を瀧子に渡した。そして、ともかく縁端に花筵の夏坐蒲団を出して怪訝そうに応待しはじめた瀧子に、山口は結婚を申込んだのであった。
「あなたの聰明さや優しさは既に村でも定評があるんですから、僭越のようだが、却ってこういう僕のやりかたに真実を認めて頂けると信じているんです」
瀧子は栗色っぽい柔かい髪がひとりでに波を打っている色白な額ぎわを素直に傾け、遠くはなれて坐りながら、山口の云うことを聴いていた。前の妻をヒステリーで離婚したというのや子供が二人あるという条件をも、瀧子は別に初婚である自分に対しての屈辱という工合にはとらなかった。瀧子が二十七までひとりでいたには、格別の識見があってのことではなかった。彼女の人がらが誰にも好意をもたれるにつれ縁談はこれまでいくつかあった。しかし、それはどれも地方らしく所謂《いわゆる》仲人の話で、感情のおだやかな、淋しがりでもなかった瀧子に特別の好奇心も起させなかったままに過ぎて来ていたのであった。
山口が、よかれあしかれ仲介のひとの話では心
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