なのです、(何と書こうかしら)と云ったら○○○さんが「失業と書きなさいよ。貴女がわるいんじゃあるまいし」と云うので、失業と書きました。さっき紙をわけた巡査がその紙をうけとって書いてあることをよんでから、「一寸立って下さい」と云い、立つと袂をいじったり、帯をなでたりして軽く身体検査をやります。若い男のひとが鳥打帽をかぶっていたら、それをぬがせて、手の中に揉んでしらべました。
 その室から今度は大階段に向っての廊下にみんな二列に立ちました。そして、病院の廊下のような感じのあるところから公判廷に入りました。
 私は、これまでこんな熱心さで振りかえっているいくつもの人々の顔というものは見たことがありません。党員たちは裁判官の並んでいる下のところに幾側にも並んで腰をかけているのですがズックリと顔をこっち入って来る傍聴人の群の方へふり向け、或る人は互に合点《うなず》き合って挨拶しているし、そうでない人も実に眼を張って入って来るものを眺めているのです。私は、可笑しなことですけれど、その瞬間、自分もみんなと知り合いのものであるような近しい気がしました。
 党員の人たちは普通の着物です。一段高いところに
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