て堪えられないような目にあわす話をききますが、みんなそれは嘘でない証拠がここにあると思いました。
 監獄では何ぞというと懲罰をくわすのだそうです。革命記念日に嚔《くしゃみ》をしたと云って懲罰をくったと杉浦啓一が云ったら、みんなドッと笑い傍聴人まで笑いましたが、法官帽の連中はどんよりした顔で別に笑いもしません。大体気力のない様子です。
 杉浦啓一が、革命の完成の日を見ないで敵の手に倒れた二十七名の同志に、謹で敬意を表すと云ったとき、私は何だか体が寒いようになりました。
 次に、又宮城裁判長が眠たげな声で何かいうと、今度は絣の着物を着た若い男の人が小さい机を前にして立ち上りました。それは高岡只一という人です。裁判長が、高岡只一がモスコウの共産大学にいた間に何をしていたかと一言云ったらモスコーの学生生活の一番の特長は、それがいつでも大衆の活々した日常生活と結びついているところにあると云うはじまりで、細かくソヴェト同盟の失業と搾取のない労働者の生活、政治上の権利、ソヴェト同盟の工場学校、労働者クラブ、社会保険のことなどを演説しました。
 この高岡という闘士は十一歳の時から硝子工場でちゃんとした寝どこさえ与えられず働き、後旋盤工として働いていたのだそうです。そういう経験をもっていて労働者農民の国ソヴェト同盟の暮しを見たのだから、プロレタリアートの国ソヴェト同盟では、国庫全額負担の失業手当があり、養老保険があり、小学校から大学まで労働者にとっては無料であると語る時、なみなみでない情熱が感じられ、私は自身失業の身ではあり、思わずのり出して聴き入りました。ソヴェト同盟の工場には工場学校があって、そこでは本当にプロレタリアの技術を高めるために勉強がされている。十六歳までの青年は六時間以上の労働はすることなく、しかもそのうち三時間は工場学校で勉強して、六時間分の給料を貰うのだそうです。勿論女も男と同じ労働に対しては同一の賃銀で、産前産後四ヵ月の有給休暇を貰う。無料の産院がある。そして、昔はブルジョアや貴族がもっていた別荘を、今は労働組合の「休養の家」として、そこへ休暇にゆく。「では、何故ソヴェト同盟において、労働者はかくの如く生活するかと云えば、政権を労働者がとっているからである」そう高岡只一は云いました。聞いていて全くだと思わずにはいられませんでした。ただ一つ、工場学校を比べて見ただけでも、ブルジョア国の工場学校とソヴェト同盟の工場学校との違いはどうでしょう! ソヴェト同盟では、本当に強い、社会主義の世の中を建設してゆく闘士をつくるための工場学校です。日本の工場学校と云えば体のいい徒弟養成所か、さもなければ製糸所の女工さんなどをプロレタリアの女として目ざまさない為に、いろんなブルジョアくさい女学校の型ばかりの真似をして、役にも立たない作文だの、活花だの、作法だので労働の中から自ずと湧く階級的な心持を胡魔化すのです。さもなければ、後藤静香の勤労学校のようにひどい山師の儲け仕事なのです。
 それから又、高岡只一はソヴェト同盟の裁判と監獄についても語りました。ソヴェトの裁判が公開であるということ、監獄が、後れた労働者をよい労働者に仕上げて出すためのところと考えられているということ、獄衣などないこと等、こまかく一つ一つ日本の有様とひき比べての演説は実に聞いていて飽きません。たとえば共産党の公判が、一応は公開だが、真実は暗黒裁判であると杉浦啓一も高岡只一も云いましたが、私にもそれはそうだと思われました。このようにためになり、あますところなくソヴェト同盟について、プロレタリアが政権をとったらどういう世の中になるかということを話されるのを、大衆が職場から団体で押しかけてでも来て聴けるとしたらどんなでしょう! また、この眼で凋びた顔をして可笑しげな帽子をのせているブルジョア裁判官と、雄々しくプロレタリアの幸福のために闘う闘士たちの姿とを比べて見たとき、われわれの心に湧くのはどんな力でしょう! いろんな新聞は、宮城裁判長が大変偉そうに書いているが、それは事実でないということが暫く公判をきいていると私でさえ分りました。何と云うか、てんで相手ではないんです。高岡只一がモスコーで支那人かと思われた。と云うといろいろ為になる陳述の間は質問一つせず静まりかえっていた宮城裁判長が、例の鼻にかかった声で「ヨーロッパで日本人が支那人に間違えられるのは珍しいこっちゃない。どこででもそうだ」とやっと半畳を入れます。すると高岡只一はすぐ「そうだそうですね。しかしモスコーで、労働者が支那人かときくのは、他のブルジョア国でのように軽蔑してきくのではない。支那革命に対してそれだけソヴェト同盟の大衆が注意を払い支持しているということの証拠である」と、はっきり大衆の立場から、裁判長の半畳を訂正
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