千あった。一九三三年に、それは六万五千に殖えるだろう。幼稚園や遊び場へ行ってる子供は一九二八年にはみんなで二十二万五千三百人位だった。それは一九三三年に百四十万人になる予定だ。
 これだけ見たってわかるだろう。ソヴェトの生産拡張五ヵ年計画が、つまりは軍備拡張のコンタンだと盛に逆宣伝しているブルジョアの嘘が。
 ソヴェトの五ヵ年計画は鉄、石油、石炭をこれまでの何層倍か沢山生産すると同時に、こうやって、子供の幸福をまで考え、そのために幾百万という資金をつかってるのだ。
 もう一、二年すればミーチャは小学校だ。小学校に入れることで、一安心したのはミーチャの親たちばかりじゃない。これまでソヴェトの小学校は無料のところもあったが有料のところもあった。それも、今度五ヵ年計画によって、すっかり国庫負担で全ソヴェト学齢児童就学ということになった。
 ミーチャはまだ小さい。こないだ幼稚園で先生のリーダ・ボルトニコ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]が大きくなったら何になると訊いた時、すぐ大きな声で、
 ――僕、飛行機をこしらえる人になるんです。そいで、自分も飛びまアす!
と返事した。ミーチャはその日の夕方家で父さんや母さんと御飯をたべてる最中、思い出してそのことを話し、リーダ・ボルトニコ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]に云ったよりもっと威勢よく、
 ――僕、ね、そいでね、飛ぶんだよ! ね、母さん。飛ぶの! こんなに、ホーラ!
 握ったスープ匙を頭の上でふりまわして、叱られた。叱りながら、父さんも、母さんも、ミーチャがそういう人間になれることを疑わないようだった。
 ――見な! これが本当のプロレタリアート文化の進歩ってもんだ。俺は職工だ。工場でアルミニュームの板をこねまわしているが、自分で飛行機を組立てようとは思ったこともねえ。ところがどうだ! チビ奴! 俺をもう追い越している。飛行機を造る力を自分の中に感じてやがる。
 父さんは、無骨な手でミーチャの頭を撫で、
 ――ふんばって、せっせと親爺を追いぬけよ。いいか! そして、俺ら世界のプロレタリアート、ソヴェトの文化を、持ち上げるんだ。アメリカを追いぬくのは俺たちじゃない。こういうチビ共だ!
と云った。父さんの声に深い感動がこもっていて、ミーチャは重い掌の下で嬉しいような、おっかないような気になった。
 ――さ、いいから、おあがり。
 母さんは、しずかな声でミーチャにそう云った。そして、
 ――でも、それはむずかしいことさ、なかなか……
 ――そう! むずかしいさ。だがその困難を征服するだけの健康と知慧のあるチビ公には何でもない。道は開いている。ソヴェトの小学校、技術学校、もっと上の専門学校が、プロレタリアートの子供にゃ、女の子にでも男の子にでも、まるで無料であいてるのは何故だね? こりゃ、プロレタリアートのチビ共、進め! ってことなんだ。
 ところで今朝、ミーチャは茶をのむと急に母さんをせき立てだした。
 自分で外套を着て、帽子をかぶって、先へ入口の扉のところへ出て待っている。
 ――どうしたのさ、急に!
 ――今日、きっと行くと思うんだよ。
 ――どこへ?
 ――動物園へ。インドでね、象はとても働くんだよ。母さん知ってる? イギリス人がインドで象とインド人をひどく使って儲けてるんだ。象みたことないから、先生がみんなつれてくって。
 母さんが、毛糸肩掛を頭へかぶってしまうと、先ずミーチャが扉から外へとび出した。続いて父さんが出、一番しまいに母さんが出て、締りを見て、ポケットへ鍵をしまった。父さんは、トトトトト勢よく階段を先へかけ下りて行っちまった。ミーチャだって、もう「十月の児」だ。手になんぞつかまらない。手欄《てすり》をこすって降りてゆく。(八つから十五までがピオニェールだ。それより小さい子は、みんな|十月の児《オクチャブリター》と呼ばれる。)
 一番下の、大きい戸をあけると、外はひろい中庭だ。春は花壇に綺麗な花が咲くが、まだ深い雪の中から、緑色の花壇の仕切りの先が見えるだけだ。
 この頃ミーチャは、いつもこの鳩のいる中庭で母さんと別れる。母さんは、工場で職場代表をやっている。いい労働婦人だ。昔風な接吻なんかしてミーチャを甘やかしはしない。
 ――じゃ、いっといで!
 ――ウン。
 同志《タワーリシチ》みたいにわかれる。ミーチャは元気な眼つきで、中庭を横切り、むこうの端の建物の翼の戸をあけて内へ入った。その入口と並んで、こっちから、植木鉢が五つ並んだ明るい窓が見えた。ミーチャやその他の多勢の子供が一日暮す幼稚園の窓だ。
 ミーチャと別れたお母さんは、急ぎ足で木の門を出たところで、隣りに住んでいるタマーラに会った。タマーラと母さんアンナとは、同じ菓子工場で働いている。二人は並ん
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