ジャのやつ! 目玉キョロキョロさせてミーチャや女の児の方を見ながら、
――巻パンが入ってる。
と云った。
――そう、じゃ一寸見せて頂戴。
ワロージャのポケットへ小母さんが手を入れて、引き出したのは勿論例の二十日鼠だ。ワロージャは、自然の赤い毛よりもっと赤い顔して、身動きもしないで目玉ばっかり動かしてる。ミーチャは笑いたいようだし、小母さんがこわいようだし、矢張り身動きもしないで、二十日鼠の尻尾をぶら下げた小母さんを見つめてた。
――ワロージャ、変だね。お前巻パンを入れといたというのに、これは二十日鼠だね。
ワロージャがうんともすんとも云えないうちに、
――ナターリヤ・イワーノヴナ! ワロージャはそれに私を噛ませようとしたんです!
短いお下髪《さげ》のアニューシャが、ワロージャを睨みつけながら泣き声を出して云いつけた。
――よろしい、よろしい。
白い上被のナターリヤ・イワーノヴナは、ワロージャに云った。
――ワロージャ、この二十日鼠は貰いますよ。あしたっから決して巻パンと鼠なんか間違えないようにおし。ね?
小母さんは二十日鼠をもって室から出てってしまった。あの時のワロージャの顔! フフフフ。……だが、ミーチャは急に心配になって来た。いそいで、手拭を壁の釘にかけて、食堂にもう坐って熱い茶を飲んでる父さんと母さんのところへ馳けつけた。
――ねえ! 母さん。あの二十日鼠まだ生きてるだろうか?
――どの二十日鼠さ。
――ホラ、あの! 僕話したじゃないか、ワロージャからナターリヤ・イワーノヴナがとりあげて、あとで籠へ入れて、僕たち皆で飼うように呉れたやつさ! 生きてる?
――どうだろうね、私も知らないよ。
ミーチャは、この三月からもう工場の中の托児所へは行かなかった。父さんと母さんがこの新しい労働者住宅へ越して来て階下に建物附属の幼稚園があった。そこで毎日、昼間は暮してるのだ。
ソヴェト・ロシアでは、子供を大切にしている。丈夫に、賢い、よい労働者として育つように国家がいつも出来るだけの金を出して、注意している。だから、ミーチャが先行ってたような托児所、または幼稚園、遊び場は一つの市にいくつもある。それをモットモットふやして、もっと大勢の子供を愉快に暮させようと親たち――プロレタリアートの親たちは骨折ってるのだ。
一九二八年托児所の寝台は三万四
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング