孫娘をじろりと見た。
「おかしな子ったらないのさ、異人さん異人さんって大騒ぎさ。もうちっと大きかったらとんだ苦労だ」
「ふふふ、まさか!――珍しいんだわねえ、うめ坊」
 うめは、祖母の横に坐り、上眼づかいで伯母を見上げながら、にっとはにかみ笑いをした。おかっぱで、元禄の被布を着て、うめは器量の悪い娘ではなかったが、誰からも本当に可愛がられることのない娘であった。蒼白い顔色や、変にませた言葉づかいが、育たないうちにしなびた大人のような印象を与えた。年寄りの祖母に、遊び仲間もなく育てられているうちに、うめは、六つで、もう年寄りになりかけているのであった。志津は、甘えて横座りしているうめを愛情と焦立たしさの混った眼で眺めながら、
「うめちゃん、何て名? お二階の異人さん」
と訊いた。
「ジェリさん」
「――本当? お菓子みたいな名なんだねえ」
「違うんだよ、ジェル何とか云うんだそうだけえど、あんな長い名覚えられるもんじゃあない、名なんぞ呼ぶ用がありゃしないよ」
「――二階に人がいると、でも淋しくなくっていいわ。そろそろ下駄片づけちゃどう」
 せきは、薄い苦笑いを洩らした。いつか志津が遊びに来た時、
「まあ、どうしたのあの上り口の下駄ったら、何人家内です、こちらさん」
と云ったことがあった。するとうめが、とても声をひそめて伯母に説明してきかせた。
「あの下駄はね、本当は誰にも云っちゃいけないんですけれどね、わざと置いとくの。うち、おばあちゃんとうめだけで不用心だから」
 志津は、田丸屋のかき餅をつまみながら、
「いくらで貸してるの」
と尋ねた。
「二十四円さ」
「おばあさん一人のお小遣いだもん結構だわ」
 暫く黙っていたが、せきは軈《やが》て、
「作も仕様のない人間さ」
と呟いた。仕事の為とは云いながら、小さい孫を押しつけて旅先に暮らすことの多い作造に不満を抱いているのだろうと志津は思った。全く、婆さんだけの家というのは、何故変に湿っぽいようで、線香のような煎薬《せんやく》のような一種の臭いが浸みついているのだろう。志津は、或る人の世話になって、退屈勝な毎日を送っていた。他に身寄りもないので、彼女は喋りに来るのであったが、天気のどんなによい日でも、この長火鉢の前にいると戸外に日が照っていることを忘れてしまうようであった。
「作さんも、おかみさん貰えばいいのに――」
「ふん―
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