権威を持ち得なかった時代の無智、無反省、無責任の遺物が潜んでいると思うのである。
丁度胎内の盲腸のように平常はまるで自覚を伴わない、どうでもよいように、考えてなければ有るか無いかも知らずに過ごすようなものかも知れない。けれども、いざと云う時に、命を危くする丈のものではある。人として、自分の生活内容をあらゆる方面に伸展させて行こうとする願望と一緒に、同じ心の中から、この歩幅を縮めさせ、左顧右眄《さこうべん》させて、終《つい》に或る処まで、見越をつけさせて仕舞うような何かの動機があるのである。
四
今日の女性は、事実に於て、その二様の力に引っ張られていると思う。ここに或る一人の女性を仮定しよう。先ず彼女は、若々しい希望に満ちた大望から、自分のよしと思う運命の方向に自分を拡大しようと決心して、人生の中に足を踏み入れる。種々雑多な苦痛や喜悦や、恍惚が、彼女の囲りを取囲むだろう。その中に、何か一つの重大な問題に面接しなければならない事に成ったとする。勿論彼女は驚く、疑う、解決を得ようとするだろう、大切な事は、この時彼女が終始自分を失わず、行くべき方向を遠望して、自らの決定と自らの意志でそれを体験して行く丈の力が有るかどうかと云う事なのである。
この様な時大抵の場合には、何時か知らないうちに、過去が甦って来る。人として生活経験に薄弱な過去ほか有しない彼女は、今日も尚、人生の諸相に対して無智と不明とを持っていて、その問題を混乱させるだろう。面倒に成って来た人及び我を見るとひとりでに彼女は怖気《おじけ》付く。決して、今日根を絶してはいない「自分は女だ」と云う自意識が心を掠めた瞬間に、もう云うに云われない妥協が自分に向って付けられてしまう。自分の真正な判断に委せれば、それは理論では正しいかも知れない。然し今まで平穏に自分の囲を取捲いていた生活の調子は崩れてしまうだろう、自分はまるで未知未見な生活に身を投じて、辛い辛い思いで自分を支えて行かなければならない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに遺っている過去の、殆ど習性にさえ成った日蔭の依頼主義の底力に押されて、非常に微細に、非常に滑っこく、自分の現状と外界の社会的事情との間に、何か連続をつけて、自己を不平のままに肯定しようとする。
或る場合には、総てを社会的欠陥に帰し、或る場合には、広い懐を持つ運命と云う言葉の中に投げこんで主観的感情的結末に落付こうとする。人として、偉大な人生の些やかな然し大切な一節を成す自分の運命として、四囲の関係の裡に在る我を通観する事に馴れない彼女は、自分の苦しむ苦、自分の笑う歓喜を、自分の胸一つの裡に帰納する事は出来ても、苦しむ自分、笑う自分を、自分でより普遍的な人類の前に連出して見る程、事実に於て万人の生活に直接な交通が乏しいのである。
五
一般の女性が人生の諸問題に対して持つ右のような傾向は、たといそれが理論で説明を加えられ、感興で彩られても、尚幾分かは或る女性が、作家として自分の芸術に向う場合にも起って来る事ではないだろうか。
女性の過去が如何に人として貧弱な社会的生活を営んでいたか、そして、現在の社会状態と自分の衷心に遺っているらしい昔の羈絆を顧みた時、それが根本の原因と成って、女性の芸術には種々の傾向が現われて来るように思われる。
或る人々は、所謂「女でなければ解らない境域」に強味を予想し、完成を希望して、自らの性の裡にのみ閉じ籠もった芸術を創造しようとするだろう。
けれども過去現在の狭められた女性の生活、経験に満足しないで人としてもっと深く広く観、感じ味わうべき世界を求めて勇進しようとする者は箇性の内容の貧弱さから人生をその物本然の姿で見る丈の大きさが欠けている。複雑な箇々の関係や、恐るべき人性の奇蹟、悪業をガッと掴む事も見る事も出来かねる。単純な、適当な言葉で云えば非常な喜びで我を忘れる事も、深い懐疑に沈潜する事も、こわいのである。自分が失われるだろうと云う予感が先ず影で脅す、脅かされる丈の内容の力弱さが反射するのでもある。そこで、解らなく成りそうに成る人生に、何か統一を見出さずにはいられない慾求から、誰それはこう云ったと云う、哲学が呼び出されて来るのではないだろうか。
或る主義に依りて、それで纏まらない処は切り抜きてその人生を自分の中に築き上るのではないだろうか。
そう云う傾向に向っても、反動が起る。それは自分の理想や、批判等と云うものの価値は如何に小さく力弱いものであるかと云う自省を第一に置いて、人生を完く相対的に観て行こうとする傾向である。
女性がとかく陥り易い空疎な主義や殉情的な甘さから脱して、人生をその儘 matter of fac
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