?」
「あるだろう。なけりゃ下から貰って来る」
 七輪を机のわきに持ちこんで食べ終ると、重吉は戸棚をあけて、田舎風に青い綴じ糸が表に出ている褞袍《どてら》をぐるぐると畳んで新聞紙に包んだ。その下にハトロン紙で被いのある本を重ねて抱えて、階下へ降りた。靴をはきながら、重吉は膝をついて見送っている婆さんに、
「きょうは、宿直ですか?」
ときいた。
「ええ、そうなんでございますよ。何ですかお友達にたのまれましたそうでしてね、あなた」
「じゃ、おそくっても帰って来ますから」
「そうでございますか、いつもすみませんですねえ」
 一足先へ格子の外へ出ていた光井が、
「宿直って――ほかに誰かおいてるのかい」
ときいた。
「ここの娘だ。――いくらかになるもんだからね、ひとの分もやってやるらしいんだ」
 二人はやや風が落ちたかわりに時雨模様になって来た夜の街へ出て、大きい銀杏の樹が路の真中にある急な坂道を、本郷台に向って行く人混みの中にとけ込んだ。



底本:「宮本百合子全集 第五巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本
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