「山口が云ってたんだろう? きのう会った。例によって例のごとしだね、未来のプラウダ主筆だっていうんだから意気は壮とすべしさ」
 煙草に火をつけて、光井は腹の下に坐蒲団をいれて畳へ腹這いになった。
「そう云えば、交叉点のところで各務の娘に会ったよ。むこうじゃ気がつかなかったらしいけど――」
「そうかい」
 母方の遠縁で、重吉は暫くそこの家にいた。電気会社の重役のその家では、重吉に書生の仕事をさせるのを当然のことと考えていた。
 光井はいくらか好奇心を動かされた表情で、
「こっちの方へ来ることなんかあるのかい」
ときいた。
「音楽の教師が、どっか、寺の裏の方にいるらしいんだ」
「ふーん。よらないのかい。ここにいるのは知ってるんだろう」
「よるもんか!」
 重吉は健康な白い歯を見せて拘泥もしていないように笑い出した。
「年ごろんなって来たら、どうも傾向がわるいよ」
 その言葉に光井も笑い出した。同級の、やはり研究会へ出たりしている学生の中には、美校の女学生と同棲している者などもある。光井自身は、女学校へ通うようになった妹と一軒もって暮しているのであった。光井は、腹の下にしいていた坐蒲団を今
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