ぐらの片膝をゆすっていたが、やがてあり来りの馬蹄形の文鎮をのせてあった原稿紙をひきよせて万年筆をとり、母親と悌二とへの返事をかきはじめた。
 重吉には自分より気の弱い悌二が、友達どもに気をひける気持も察しられた。しかし悌二も、卑屈でなく生きてゆくためには、貧困が恥辱ではないことを知らなければならない。重吉は思いやりをこめた兄らしさで悌二の心持に元気を与え、学校をあながち無理につづける必要もないと考える彼の意見を書いた。だが、もとよりそうしたからと云って僕はその金をまわして貰うことなどは考えてもいないよ。僕は今でさえ心苦しく思っているんだから。僕も自分の満足のためだけならば或は学校をとうにやめていたかもしれないくらいだ。三分の二ほど進んだ時、
「おう、いるかい」
 二階に向って呼ぶ声がした。重吉は万年筆を持ったまま立って縁側から下の往来を見た。
「どうした」
「いいか」
「ああ」
 今日は、口んなかまでじゃりじゃりだねと云いながら、階段をあがって来たのは光井である。光井は高校が重吉と同じで今は英文学にいた。
「今夜会えるだろうと思っていたよ」
 重吉が机の上の原稿紙を片づけながら云った。
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