していた二つ三つの単語を字引で調べたり、万年筆のインクの工合を直したり、宏子もそれ程三田に傾倒しているというのではなかったけれども、やはりその朝は特別な待ち心地でマンスフィールドの短篇集の今読みかけているところをぼんやりめくっていた。
しーんとしている中でやがて、誰かが、
「どうしたんでしょう、もう十分すぎよ」
と云った。そう大きい声で云ったのでもなかったろうが、その声は朝の明るい不安な予期に充ち満ちている教室の空気を徹して、はっきりと響いた。
「――本当にもういらっしゃらないのかしらん」
訴えるような声で云いながら徳山須賀子が自分の席から三田がしめていると同じ木彫りの丸いバックルをつけている細い胴をねじって、ぐるりを見まわした。
後方の席にいるはる子が、その時、
「飯田さん、学務へ行ってきいて来なさいよ」
平静な、確信をもっている言調で云った。
「だって――」
飯田は、自分が三田党でないからと云うばかりでなく、その朝は何かをはらんでいるような組全体の空気を感じて漠然としりごみした。
「幹事さんていうものは、こういうときこそいるものなのよ」
皮肉そうにそう云ったのは、三輪で
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