訣れの言葉を述べたい人があると思うが、もし三田先生が御迷惑でなかったら許してもらえまいかとつけ足した時には、満場が歓ばしい動揺と拍手とで鳴りわたった。杉は上気して、
「珍しいわね、三年のひと!」
と宏子に囁いた。宏子たちは遠方の席から眼を放さず張りきった期待で三田先生の挙止に注目した。三田は少し不意打の態で、どっちとも答えない。再び促したてるような待ち切れないような拍手が盛りかえして来た。その中で三田先生はテーブルの前に立った。そして学生の好意を丁寧に謝した。それから言葉を改めて、
「ただいま三年の方からお話しの出たことは、私としてまことにうれしいことですが、人数も多勢でいらっしゃるから、幹事の方々がそのお気持を十分代表していて下さるものとしてお受けして置いた方がよろしいと思います」
終りを外国流に「ありがとうございました」と結んで席に復した。
はじめの生彩は失われた。拍手が起った、宏子は拍手をする気になれなかった。三田先生はものごしで、やはり自分たち学生のそういうつよい表現を求めている気持を避けているのであった。
散会になって、部屋へ戻って来ると、三輪が靴のまんま寝台の上にどたんと仰向けになりながら、
「あーあ、三田先生、か!」
と何かを自分の心から投げすてたような声の表情で呟いた。
「要するに先生[#「先生」に傍点]なんだなあ」
「あの先生は、ああいうところがあるわよ、自分のものわかりのいいところが自分ですきなんだもの」
宏子も、むしゃくしゃしている早口で云った。
「友愛結婚の話のとき、私たちの質問をあの先生は分ってなかったわよ。リンゼイは折角キリスト教道徳の偽善に反対しながら、なぜ子供を生むことも出来ないようなアメリカの社会の事情まで研究して行かないんでしょうって私たちきいたでしょう? あの先生は、リンゼイがアングロサクソンだからそういう気質なんでしょうって云ったでしょう? そこなのよ!」
徳山のような学生は溜息をついて、
「私、涙が出そうんなったわ」
と云った。
「三田先生、本当はあんなこと云いたかなかったのよ。……カキが頑張ってるんだもの、……なんて口惜しかったんでしょう、ねえ、そう思わない?」
宏子にはそういう感じかたは出来ないのであった。
夕飯後に、はる子が部屋へ来た。上瞼の凹んだまるで白粉っけのない顔で、癖で少し右肩を振るようにしながら
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