理で不愉快に思われているのに、やめさせる理由としてリンゼイの説を三田が学生に説明したことがあげられたという一事が感情の激昂をつのらせた。教室には自習を始める気分など無かった。大半の学生が席にかけたまま体をねじって円をこしらえ、その事件について喋り出した。徳山のように女学生らしい崇拝から三田の不当な馘首を怒り悲しむもの。学校政治の内輪もめに、そんな思想的なような口実をこじつけようとする学校の遣り方を憤慨する者。いろいろではあったが、学校が学生たちや教師をこんな事でまで圧えつけようとする事に対する反撥は、それ等すべての感情を包括する学生生活というものへの一つの公の不満なのであった。
「私くやしいから石川民公の時間なんぞ、出てやらないからいいわ!」
徳山が涙を指先で拭きながらそう云った。
「そんなことすりゃ、民公ホクホクだわよ。よろこんであなたを落すだけだわ」
井筒が腹立たしそうに答えた。
「ねえ、だって、何とかならないのかしらん。どうして三田先生おとなしく引っこんでるんでしょう。ねえ、どうしてそんなことはいやだと頑張らないんでしょう。ねえ、三田先生だって私たちがこんなに思ってるのがわかれば、きっと何とかなさるわ」
「今日の放課後でも、三田先生のところへ行って見たらいいわ、そうすりゃ少し様子がわかるから」
級の意志を代表するのだからと云って、この有志訪問に幹事の飯田も参加させられた。
予科では、三田の出る筈だった時間に、カキがやって来て、三田先生は一身上の都合で地方へ転任するのだから、いろんな噂を信じないようにと云って、自習を暫く監督して行った。この彌縫《びほう》策は翌日になって予科全体をすっかり怒らせる結果になった。カキが公然と予科を騙したこと、子供扱いにしたことが予科のみんなをおこらせた。
三年はその日は食堂などでも一般に妙に落付いていて、よそよそしい態度を示した。
宏子は三田の家を訪問する仲間には入らなかった。それは相談の上のことであった。杉も残る組にまわった。はる子はグループをそういう風に分けた。前の晩に打合わせはされていた。
門限ぎりぎりに、渋谷にある三田の家へ行った連中が戻って来た。宏子は緊張した期待をもって徳山の部屋へ行って見た。寝台の上に四五人、デスクの前の椅子のところに徳山とはる子、杉などがいて、どの顔の上にも昼間とは違う憤慨と当惑の色が漂
前へ
次へ
全38ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング