生たちのこういうとりとめない色彩の溢れたざわめきは、周囲と切りはなされて、無形の柵の中に囲われている一団のような感じを与えるのであった。
奥庭の、ヒマラヤ杉のかげにある日だまりのベンチのところで演劇部のものがクリスマスにやる英語芝居の科白《せりふ》を諳誦していた。
「おお! マリア! 見たか? お前は確に見たか?」
一つの声が英語でそう問いつめよった。すると、その答えをするべきマリアが突然日本語になって、声を落しながらも十分聞きとれるように特別に抑揚をつけて、
「ええ見ましてすとも」
と答えた。
「上海へ着きますとねえ、マア支那人ばっかりいたんでございますよ」
シーッ! 圧えても圧えても鎮まることの出来ない生気溢れる笑いが続いた。カキ、即ち柿内ナミという生徒監が先頃上海視察に行って、帰った時講堂に学生を集めて報告をした。その第一声がこの近頃の傑作である上海へ着きますとねえ、なのであった。
お八つの時間に、日曜日らしくお汁粉が出された。食堂を出て、今日は店番をしている人のいない購買組合の店のところへ来かかった時、
「ちょっと! ちょっとってば!」
はる子がうしろから小走りにかけて来て、宏子の肩をつかまえた。
「知ってる? 三田先生やめさせられるらしいのよ」
「ほんと?」
折からその食堂からの大廊下をぞろぞろと通りがかっていた学生たちが、
「三田先生がどうしたって?」
「なんなの」
「どこできいたの?」
ぐるりと集って来てはる子のまわりを取巻いた。
三
三田敦子が校長の私宅へ呼ばれて辞職を勧告されたということ、その理由として、アメリカから帰ったばかりである三田が教室で学生にベン・ビー・リンゼイの友愛結婚の話をしたことが理事会の意見としてあげられたという噂は、初めはまさかという気分で受取られた。
然し、月曜日の朝、それとなく待ちかねていた三田党の学生の目に、三田敦子の大学生っぽい白いカラアの姿が見当らなかったことは、成行きに関心を抱いていた学生達の感情に真面目な憂慮を生んだ。十時から三田の訳読があることになっている宏子たちの組がB教室に入った時、その危惧と憤慨との混りあった女学生たちの緊張は、頂点に達した。
三田を尊敬している学生の多いこの組は、きっちり時間に席についた。そして、静かに、大部分のものが刻々に待ちながら、或る者は引きのこ
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