困ったように杉は黙りこんでいたが、
「あたし、ちっともナイスガアルなんかじゃないわ」
内気な中に譲歩しない口調で、やっぱり秋田訛を響かせてねばっている。宏子は、枕の上に片肱ついて半身起き上りながら、この不器用でいて、しかもこういう学校生活の間では相当な意味をもっている問答に聞耳を立てた。杉が断り切れるか、どうか心配のようでもあった。杉は地方のミッション・スクウルからの習慣でずっと礼拝に出ていたのだが、三週間ばかり前からそれをやめた。戦旗の読者になったばかりなのであった。
礼拝に行くことをすすめているのは、宏子たちの級の幹事をやっていて英語会話会員《イー・エス・エス》の飯田満子の声であった。
「ここにいる以上ミス・ソーヤーに睨まれたら損よ。たった四十分じゃありませんか」
「……だから、あなた早く行っていらっしゃいって云うのに――」
「私またきかれたら何て返事したらいいの? あなたの行かない理由さえきかして呉れれば私一人でだって行くわ」
短い沈黙の後、戸のこっち側で聞いていてさえその瞬間杉の小じんまりした顔がパッと赧《あか》らんだのがわかるような調子で云った。
「あたし、あんな礼拝、ちっとも霊感《インスピレーション》がないから厭になっちゃったの。わかった? わかったら行ってよ」
「――困ったひとねえ」
霊感という、よく説教の中にくりかえされるつかまえどころのない一言が逆な功を奏して、飯田は悄気《しょげ》たような呟きをのこして行ってしまった。枕の上へ頭をおとして天井を眺めながら聴いていた宏子の口元がおかしそうにゆるんだ。
形式的にノックして、ドアが勢よく開いた。
「聞いた?」
杉が、目鼻だちのちんまりとした善良な顔に、自分の思いつきが成功したのさえいやだ、という表情を泛べて宏子の寝台の横へ来た。
「何てうるさいんでしょう、ひとのことまで」
「大変うまく行ったじゃないの」
「そうかしら」
笑いもせず杉は、
「でも、内心きっとやっきなのよ。この頃随分出ない人が殖えたんですもの。正面から出なさいって云えないもんだから――いやねえ、飯田さんなんか使って」
若い娘たちの或る時代の気分から聖書や礼拝に何となし感傷的な気分を牽《ひ》きつけられていた学生の中にも、左翼の思想は浸潤して行って、目に見えず急速な分裂をひき起しているのであった。
「そう云えば」
大きくはないが
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