する娘の独特な心持で両親の生活を思い、
「まあそう癇癪をお起しなさらない方がいいわ」
となだめた。
「父様だってああやって一生懸命やっていらっしゃるんだから――この次までに一馬力のにさせとけばいいじゃあないの」
 発動機が動きだしたと見え、コットン、コットン水を吸い上げる音が聞えて来た。二三分して、再び止ってしまった。もう動かないらしい。扉をあけ、父がやめて来たかと思ったら、それはみわ[#「みわ」に傍点]であった。
「まあ旦那様本当に恐れ入りますでございますね、お寒いのにあんなお働きいただきましては……」
「駄目かい?」
「はあ――どうしたんでございましょう。一寸動きましてやれうれしやと存じましたら、またとまってしまいまして」
 みわ[#「みわ」に傍点]は、そう言いながら煎じ薬を茶碗についで母にすすめた。
「なに、御自分がわるいのさ――お前にはとんだお気の毒だね、こんなとこまで来て水汲みまでさせちゃ」
 みわ[#「みわ」に傍点]は、小作りな女で何だか見当が違っているような眼つきであった。
「まあとんでもございません。ちょこちょこと致せば何のこともありは致しません。――私も北海道なぞとあんな遠いところへつれてっていただきましたが、東海道は始めてでございますから――こんな結構なところ拝見させていただきまして」
 佐和子は、それをきき、みわ[#「みわ」に傍点]や両親が憐れになった。みわ[#「みわ」に傍点]は十七位のとき、まだ赤坊であった佐和子の世話をして、これもまだ若夫婦であった両親と任地の北海道まで行った。三十年位の歳月は一方に別荘を作らせたが、みわ[#「みわ」に傍点]には額の皺とただ一枚の白い前掛を遺したに過ぎぬように感じられた。しかもみわ[#「みわ」に傍点]は、もっと若々しく、貧乏であったが健康で怒ることの尠い妻だった母を見て来たのだと思うと、佐和子は森《しん》とした寂しい心になった。
 父が、手袋のごみをはたきながら戻って来た。
「どうも仕様がない。×へ電話かけさせよう」
 ――母は黙っていた。父は、大半白い髭をいじりつつ、背をかがめ暖炉の火をかき立てた。

 二月の海浜は、まして避寒地として有名でもない外海の浜はさびれていた。佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたの
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング