いなしの伊太利亜絹レースであった。それを褒められるのは嬉しかった。彼女が嫁入りに母親から貰った唯一の本当に立派なものだったから。けれども、この人は、また何という妙なほめようをするのだろう。
焦々した思いがつき上げて来た。ルイザは、フランツの顔を見たまま、はっきり呟いた。
「何てお前はお祖父さん似なのだろう。私の子でないと思われるよ」
然し、云ったあと、猶、ルイザの心持は悪くなった。鐘が鳴り渡って、ルイザも定りの腰架についたが、彼女には、自分達の捧げた二本の大蝋燭がちっとも他の蝋燭と違わない色や形で聖十字架の前に燃えているのが、ひどく物足りなかった。焔が美しく揺れる度ごとに「フランツのために」とでも、高らかに歌いながら輝いてくれれば好いのに!
ハンスは、ルイザの心持は知らず満足して、大股に悠《ゆっ》くり教会から歩いた。家へ妻と嬰児を送りとどけると、盛装のまま、また出て行った。
独りになると、ルイザはためていた涙をぽたぽた膝の上に落した。そして、頭を振った。彼女には、今日自分が経験したいやな思いは何でもない、ただ、自分等夫婦とも、髪は金色で碧い眼を持っているのに、生れたフランツばかり何故か黒い捲毛と黒い眼をしているからだと、はっきり分ったのであった。
全く、フランツは、ひとによく目をつけられる児になった。
村には彼のほかに沢山、黒毛で黒い眼をした男の児がいる。それだのに誰もそれ等の児には目をとめない。村の者でも、町から用事に来た者でも、フランツ・ヨーストの小さい顔を見ると、この世で初めて髪や眼の黒い子供に出逢ったように長い間じっと彼を視た。
ルイザが一番気にしたのは、そんなにしげしげ眺めながら、彼等が一人として普通ごく自然にするように「ほほう、好い子だ」とか「これは可愛い」とか暖い、彼女もよろこぶ感歎の言葉を洩さないことであった。ルイザが見ていると、或る者は、殆んど、驚くべきものを道傍で発見でもしたように、眼を瞠《みは》り立ち止って、無心なフランツを熟視した。けれども、傍の時計屋の入口で手を腰に当てて厳しい顔で此方を見張っている彼女が母親だと判ると、俄にわざとらしく空咳をしたり髭をしごいたりして、歩き始める。
フランツが自分に解らない理由で、理解出来ない注目の焦点になるのを見ると、ルイザは何ともいえず不安に居心地わるく感じた。
追々片言を喋るフランツに、何か云いかけている耳なれない声をききつけると、ルイザは、
「フランツ! フランツ!」
と、息子を呼んだ。
フランツは馳けて来る。
ルイザは、彼の顔や体を仔細に見まわし、何処にも別状ないのを見極めて、裏に連れ出した。
「さあいい子は暫くこっちへ来てお遊び。ガーガーが、フランツ来い来いと呼んでるだろう」
裏は空地で、余りよく耕されていない礫まじりの甘藍や蕪《かぶ》の畑、粗末な板囲いの家畜小屋があった。小屋の中には五匹の親子づれの黒い粗毛の豚がいた。三羽の鵞鳥は、フランツの前を走って逃げながら、喧しい声で鳴き立てた。フランツは、乾草熊手に跨って黒い捲毛をふり立ててその後を追い廻す。
ルイザは、よく夫のハンスに云った。
「お前さんはどう思いなさるか知らないが、私はあのフランツは苦労の種ですよ。あんな小さいうちっから、あんな人に気をつけられる児というものを見たことはありゃあしない。それも、何で見られるのか判れば私だって気が楽だけど」
夫婦が、店に続く奥の小部屋で木の卓上に向い合い、こんな話をする時分、フランツは、彼の藁床でもうぐっすり寝ついていた。
ハンスは、黙って、長いこと陶器のパイプを噛む。やがて持ち前の重い口調で云った。
「時が来れば、わかるだろう。――まるでの案山子《かかし》でもなさそうじゃないか――」
ルイザは、赤い更紗のカーテンで半分かくされているフランツの臥床を眺めた。
「――俺の大祖父はやっぱりあのちびのように黒い眼をしていたっけが――死ぬ時分には村の書記で、名も憶えられる者になった」
ルイザは、黙って疑わしそうにちらりとハンスの顔を見る。二人はそのまま黙り込んだ。四辺が余り森として、夜の空気の中にフランツの寝返り打つ気勢さえしないと、ルイザは突然訳のわからない不安に掴まれた。彼女は遽しく、而も跫音を忍ばせて、カーテンの傍によった。そして、そおっとフランツの寝顔を覗き込んで、また自分の腰掛けに戻る。一寸気がつかない間に、何処へかいなくなってでもいはしまいかという烈しい意味のない懼《おそ》れが、ルイザを焼くような思いで腰掛から追い立てるのであった。
不思議な心配、ルイザの絶え間ないぼんやりした恐れの間に、フランツは段々成長した。
フランツは、小学を終る前の年、堅信礼を受けた。
その年の万聖節の夜の彌撒《ミサ》は、ルイザにとって、婚礼の
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