たあるときは理解ある友として。常に一種のグッド・センスをもって、現実の自身の家庭生活に処しておられる。これも、婦人作家の生きかたとして注目されるべき点です。
この間、瀧井孝作氏が「黒い行列」の印象を読売紙上で書いた時、或る人があなたは日本の婦人作家中最もインテレクチュアルな作家であり、作品中に自分をあらわさぬ、という意味の意見を述べたのを引用していました。けれども果してそうでしょうか。作家がそのようにあり得るものでしょうか? 私は、その論者と反対です。あなたの作品の中には、あなたの作家的全幅が何らかの形で常に露出している、そう信じます。例えば、「小鬼の歌」で、あなたは、あなたをして書かしめている境遇のプラスな面と、あなたをして書くことを得ざらしめているマイナスの面、限界とを、驚くべき率直さでおのずから示されているのですから。そして、賢明なあなたは、そういう意味であの作品が含有している作家史的意味の重大さ及び、作家の才能の真の発展と社会的、境遇的事情との相関関係についての意味深い暗示を与えていることをよく理解していらっしゃるでしょうから。
作家野上彌生子は、実に勤勉です。自身の仕事
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング