含蓄ある歳月
――野上彌生子さんへの手紙――
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三六年十二月〕
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 初めてあなたのお書きになるものを読んだのは、昔、読売新聞にあなたが「二人の小さいヴァガボンド」という小説を発表なさったときであり、その頃私は女学校の上級生で、きわめて粗雑ながら子供の心理の輪廓などを教わっていた時分のことでした。もうそれからでも、ざっと二十年は経ちます。そして、あの当時にあっては大変ハイカラーで欧州風の教養の匂いの高かった作品の中で、母なる作者の愛情と観察につつまれつつ活躍していた二人のヴァガボンドのうち、一人は言語学者としてイタリーへの交換学生として旅立っており、一人はもう若い物理学者として、この新聞を読むであろう学生の一部の人々を指導しているという今日の有様です。
 本年のはじめ、私が特別な非人間的生活を強いられていた間に、漱石全集をよみました。寒い寒い板のような空気の中で、手は懐手が出来るが耳は懐へしまえないから霜やけをかゆがりながら、その日記の部分をみていた
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