てペンにブレーキをかけます」この純真な若者は、次兄の出征の留守、トラックを運転しているのだ。思わず笑い、同時に胸がいっぱいになる。深く動かされた。

 一月○日
 今、夜の七時すぎ。絶え間なくギーとあいてバタンと閉る戸のあおり。盛に出している水の音。パタパタ忙しい草履の跫音。言葉はわからないが無遠慮な笑い声だけが廊下じゅうに高く反響して聞えている三四人の女たちの喋り声。例によって、九時ごろまでつづく騒々しいざわめきを聴きながら、どこやら落付かない心持でベッドの上に坐っている。いよいよ明日かえると思うと何だか落付かない。誰がうちに待っているというでもないのに。それでも落付かない心。そういう心。ベッドをおりて手紙をかく。

 一月○日
 午後二時頃、バラさんと寿江子の間に挾まれて、スーツ・ケイスなど足もとにつめこんで自動車で帰宅。茶の間の敷居に立って久しぶりの部屋を見まわす。真白な天井や壁ばかり見ていたので、障子のこまかい棧、長押、襖の枠、茶だんす、新しい畳のへりなど、茶色や黒い線が、かすかに西日を受ける部屋の中で物珍しく輻輳した感じでいちどきに目に映った。火鉢のわきにいつもの場処にさて、
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