話はせず、早速|明日《あした》から、山岸の方へ行って見なければならんと、川窪からもらって来た心覚えの書きつけだの、馬場のところへ行って相談しなければならない事などを書きとめたりし始めた。
 お節は、礼心に送るのだと云って、乏しい中から、香りの高い麦粉を包んだり、部屋の隅の自分の着物の下に置いてある、近所の仕立物を片したりして、急にいそがしくなった様に体を動かして居た。
 翌日馬場の家へ行って、いろいろの事を聞いて来た栄蔵は、その次の日からせっせと山岸の家へ足繁く往来し出した。
 役場の仕事もある事だし、複業にして居る牧牛がせわしかったりして、山岸の方へもあまりせき込んだ話はして居られないので栄蔵が仲に入った方が結局都合が好かった。
 自分の職業上、相当に位置のある家から、あまり快い感情で遇されない事は、あまり喜ばしい事ではなかった。
 始めの間は栄蔵もお節も山岸とはかねがね知り合いの間だから却って話もちゃんちゃんとまとまって行きそうに思って居たが、面と向って見ると、まるで見知らぬ者同志の話よりは、斯うした事は云い出し難かったりして思うほどの実も挙らなかった。
 それにまして栄蔵の方が幾
前へ 次へ
全88ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング