事があっても、口に出して、
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「そんな事をしてくれるな。
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とは、どんなにしても云えなかった。
何かいざこざが起ったりすると、目顔ですがるお君を見向きもしないで、盲《めくら》滅法に、床屋だの銭湯に飛び込んだ。
そうも出来ない時には、部屋の隅にかたく座って、眼も心もつぶって、木像の様に身動きさえもしなかった。
只、専ら怖れて居ると云う様にして居た。それだから恭二自身も、いざとなった場合、はっきり、
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私が不賛成です。
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と云い切れるかどうかが疑問であったし、お君も亦、頼む夫が、ふらりふらりして居るので、余計、取越苦労や廻し気ばかりをして居た。
(五)[#「(五)」は縦中横]
烈しい風がグーン、グーンと吼えて通る。黄色い砂が津浪の様に押寄せて来ては栄蔵の鼻と云わず口と云わずジャリジャリに汚して行く。
ややもすれば、飛びそうに浮足立って居る、頭に合わない帽子を右手で押え片方の手に杖を持って、細い毛脛を痛いほど吹きさらされながら真直な道を栄蔵はさぐり足で歩いて行った。
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