うと、心苦しい様だし、又厚いふっくらした絹の座布団を出されても敷く気がしなかった。
 カンカン火のある火鉢にも手をかざさず、きちんとして居た栄蔵は、フット思い出した様に、大急ぎでシャツの手首のところの釦をはずして、二の腕までまくり上げ紬の袖を引き出した。
 久々で会う主婦から、うすきたないシャツの袖口を見られたくなかった。
 金を出してもらいに来ながら、下らない見栄《みえ》をすると自分でも思ったけれ共、どんな人間でも持って居る「しゃれ気《け》」がそうさせないでは置かなかった。
 自分の前に座った此家の主婦が、あまりにいつ見ても年を喰わないのにびっくりした栄蔵は、一寸行きつまりながら、低いつぶやく様な声で、時候の挨拶、無沙汰の云い訳けをし、つけ加えてお君の詫までした。
 主婦は、気軽に、お君の身のきまったよろこびだの、総領の達も、とうとう今年は学校が仕舞いになって後だてが出来て良いなどと栄蔵を満足させる事ばかりを話した。
 大層この頃は時候が悪い様だ、お節はどうして居ると云われた時に、漸く栄蔵はお君の事を話し出した。
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「同じ結核でも胸につきますよりは、腰骨についた
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