げ終わり]
とけったるそうな、生欠伸をして、
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「さあ御晩のしたくだ、
 この頃の水道の冷たさは、床の中では分らないねえ。
[#ここで字下げ終わり]
と云って、ボトボトと立ちあがった。
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「ほんにすまん事、
 堪仁[#「仁」に「(ママ)」の注記]しとくれやす。
[#ここで字下げ終わり]
と云いながら「いやになり申候」と書き切って頭をあげると、すっかり知らない間に陰が濃くなって、部屋の隅のものは只うす黒く浮いて見えるほどになって居た。
 小窓からも、縁側からも入った奥に居る自分の近所は、気がつけばつくほど暗くて、よくまあ、これで物が書いて居られたと思うほどであった。
 狭い狭い台所で、水のはねる音を小うるさくききながら、夫《おっと》や舅の戻らないうちにと、筆の先に視力を集めて、はかの行かない筆を運ばせた。
 一枚半ほどの手紙を書き終った時、パット世界が変《かわ》るほど美くしい色に電気がついた。
 大きな字で濃く薄くのたくった見っともない手紙を、硯のわきに長く散らばしたまま、お君は偉く疲れた気持で、ストンと仰向になった。
 瞼の上には、眠気が、甘
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