事はございませんねえ。
お君さんがそんななんでございますか、まあ死ぬんでございますか奥様。
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と、如何にも、思いがけない事があるもんだと云う様な顔をして居た。
終いには、
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「兎に角、時候が悪いんだねえ一体に。
お前方も、手や足を汚くして爪を生やして居るとあんな大した事になって仕舞うよ。
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と、始終土間に下りて居る男の子達に注意したりして、床につく頃には、皆の頭の中にはお君の病気と云う事が僅かばかりこびりついて居るだけだった。
又明日訪ねる約束をして栄蔵は幾分か軽い、頼り処の出来た様な気持になって、お君への草花を買うとすぐ家へ帰った。
一番待ち兼ねて居た様な様子をしてお金は顔を見るなり飛び出した様な声で、
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どうでしたえ
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と云った。
中腰になって部屋の角へ、外套だの、ネルの襟巻だのをポンポン落してから、長火鉢の方へよって来た栄蔵はいつもよりは明るい調子で物を云った。
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「まだ何ともきまらん。
けど、奥はんが大層同情して、けっとどうぞしてやるさかいに又明日|来《き》云うてやった。先の頃の事などパッキリ忘れて会うとくれやはったさかい、ほんに有難かった。
「そうだろうってねえ。
何しろ月々十円ずつ余分に吐き出さなきゃあならないんだもの。
いやなのは、私共みたいな貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]人に限った事っちゃあない。
何と云っても、金の世の中さ。
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お金は、川窪なんぞにと云う様に笑った。
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「お前笑うてやが、私が川窪はんへも行かんでお前ばかりにまかいといたら困るやろが、
ひとが、云いにくい事云うて来てんに笑うもんあらへんやないか。
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お金が口の中で、何かしきりにブツクサ云って居るのに見向きもしないで、お君の枕元へ行った。
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「お帰り。
お寒おしたろ。
又、義母はんが、何か、やな事云うてやな、
ほんにあかん。
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栄蔵は、娘の言葉が、胸の中にスーと暖くしみ込んで行く様に感じた。
新聞を畳んで、栄蔵は買って来た花の鉢をのせた。
真紅な冬咲きの小さいバラの花が二三輪香りもなく曲った
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