を、何としたのか沢山の工夫が鶴端[#「端」に「(ママ)」の注記]をそろえて一杯に掘り返して居るので、目じるしにして来た曲り角の大きな深い溝も、御影石の橋を置いた家も見失って仕舞った。
交番さえも見つからずに、あっちこっち危い足元でまごついて居る間に、馬子に怒鳴りつけられたり、土をモッコにのせて運ぶ十六七の若者に突飛ばされて、
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「眼を明いて歩けやい。
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と云われたりした。
酒屋の御用聞に道を教わって、何年も代えない古ぼけた門の前に立った時、気のゆるみと、これからたのむ事の辛さに落つきのない、一処を見つめて居られない様な気持になった。
大小不同の歩き工合の悪い敷石を長々と踏んで、玄関先に立つと、すぐ後の車夫部屋の様な処の障子があいて、うす赤い毛の、ハッキリした書生が、
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どなた様でいらっしゃいますか。
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ときいた。
「昆田《こんだ》」と云う誰でもが覚えにくがる栄蔵の名字を二度ききなおしてから、奥へ入って行ったがやがてすぐに客間に通された。
あの茶色の畳の下駄を書生の手でなおされるのかと思うと、心苦しい様だし、又厚いふっくらした絹の座布団を出されても敷く気がしなかった。
カンカン火のある火鉢にも手をかざさず、きちんとして居た栄蔵は、フット思い出した様に、大急ぎでシャツの手首のところの釦をはずして、二の腕までまくり上げ紬の袖を引き出した。
久々で会う主婦から、うすきたないシャツの袖口を見られたくなかった。
金を出してもらいに来ながら、下らない見栄《みえ》をすると自分でも思ったけれ共、どんな人間でも持って居る「しゃれ気《け》」がそうさせないでは置かなかった。
自分の前に座った此家の主婦が、あまりにいつ見ても年を喰わないのにびっくりした栄蔵は、一寸行きつまりながら、低いつぶやく様な声で、時候の挨拶、無沙汰の云い訳けをし、つけ加えてお君の詫までした。
主婦は、気軽に、お君の身のきまったよろこびだの、総領の達も、とうとう今年は学校が仕舞いになって後だてが出来て良いなどと栄蔵を満足させる事ばかりを話した。
大層この頃は時候が悪い様だ、お節はどうして居ると云われた時に、漸く栄蔵はお君の事を話し出した。
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「同じ結核でも胸につきますよりは、腰骨についた
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