記]を、お君のために作って居た。
 いつなおると云うあてもない病人にかかる金の予算はもとより立たないけれ共、月に一週間の入院料、前後のこまこました物入り、薬代などのために、月二十円は余分に入るとお金は云った。
 栄蔵は、身内の事だからそうそう角だった事を云わずに、嫁だと思って、出来るだけの事をしてくれと云った。
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「そうですよ、勿論。
 私は何も、一文も出さないと云うのじゃあなし、勘定書を書いて、はいおはらい下さいとも云いやしませんさ。
 けど、私だってよそに来て居るのに、先の様に用立てて居る上に又、あんまりぽんぽん血の様な金をつかっても居られないじゃあありませんかい。
 あれだって、私は一度だって、返して下さいなんて云った事はないじゃあありませんか。
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 そう云われれば栄蔵の返す言葉がなかった。
 去年の中頃に、お節が長病いをした時、貸りてまだ返さずにある十円ばかりの金の事を云い出されては、口惜しいけれど、それでもとは云われなかった。
 自分が、それを返す余地がないと知って、余計に見込んで苦しめる様な事をするお金も堪らなく憎らしかった。
 話下手な栄蔵は、お金などを云いくるめる舌はとうていないので、否応なしに、お金がやめるまで、じいっとして聞いて居なければならなかった。
 話の一段落がつくと、安息所へ逃げ込む様に栄蔵はお君の傍に行った。
 若い二人は何か、笑いながら話して居た。
 苦労も何もない様にして居る二人を傍に長くなって見て居るうちに、これほど大きなものの父であると云う喜びが、腹の底から湧いたけれ共、自分の貧乏を思うと、出かかった微笑みも消えてしまった。
 恭二の顔をまじまじと見ながら、
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「貴方も、この様な足らん女子に病んで居られて、さぞ辛気臭う、おまっしゃろが、
 どうぞ、たのんますさかい、優しゅうしてやって下さい。
 私が目でも見えてどしどし稼《かせ》げたら、何ぞの事も出来るやろが、もう廃人なんやから、お君は、貴方ばかりをたよりにしとるんやさかいなあ。
 此女《これ》も、親子縁が薄うおすのや。
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と哀願する様にたのんだ。
 チラッとお君の顔を見て、軽い笑を口の端の辺にうかべながら、
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「ええ大丈夫です、
 御心配なさらずと。
[#ここで字下
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