い女のひともいたりして、傘が傾くと、別に連れもないらしい白い顔がぽつねんと見える。まだ切符は売り出していないのであった。
 その時間からは、「女人哀愁」というのとニュースとが見られるわけである。私は特別にその映画を目ざして行ったのではなかったが、観てもいいという心持で、列の最後の方にまわって傘をさしたまま往来に立っていた。
「ちょいと、まだ大丈夫よ! ホラ、見なさいってば……」
 その横丁へどこかの家の裏口が向っていて、そこのガラス戸が開き、そこから女の首がのぞき、高い声で姿の見えない誰かに云っている。その女の顔は、うしろから灯かげがさしてアスファルトの上に落ちているから、こっちからは見えない。
 一番おしまいであった私の後に、若くもない男が又来て列についた。人数は疎らだのに、さしている傘ばかりが重なり合うようで、猶暫く立っていたら、その横丁へ自動車が入って来て、おとなしい人の列を道路に沿ってたてに押しつけてしまった。
 私は、一人でそんな風にして偶然映画を観ることがよくあるが、その気分は気のあった友達とつれ立ったりして観る時とまるきり違って面白いものがある。
 何年も前モスクワに暮し
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