随するこの映画製作者関係者一同の或る心持が反映していて興味があるのである。
或る人が「大地」を高く評価しつつ全篇に時間的感覚の欠乏している点をあげていた。これは意味のある注意点であると思った。時間的感覚の欠乏ということは、この監督者が、王龍一家の推移の歴史性をつよく、はっきりと掴み切っていないところから生じている。事件と事件との間にはそれぞれの事件の質の推移もあるのである。そこが、くっきりと認識されていず事件から事件へと平面的にうごいている。これも些細なことのようであって、実は単なる技術上の問題につきないところに芸術と現実との歴史的な問題がかくされているのである。これ等のさまざまな問題を与えつつ「大地」はたしかに昨今の傑出した映画の一である。「大地」を製作させる今日の中国の歴史生活の意味を感じさせる作品である。近衛秀麿氏の言う如く単なる宣伝映画ではないのである。
つづいて、私は或る機会で、文部省その他の役所の人々が集まってこしらえている「都市生活委員会」主催の「都市生活映画第一篇小学校」三巻を観た。主な監督者は飯田心美氏。委員制によってつくられた作品で、日本の小学校がどのように児童
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング