つついて居る。
暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒いた。人間より遙かに敏い瞳と、本能を持った彼等が、幾何、一面の苔の間に落ちたとは云え、自分等の好む、餌の馳走を心付かぬことはあるまい。
真先に屋根から降りる先達は、どの雀がつとめるだろう。
庭へついと、遠い遠い彼方の空の高みから、一羽の小鳥が飛んで来た。すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭から嘴にかけての輪廓を、日にそむいて居る為、真黒く切嵌めた影絵のように見せて居る。囀ろうともせず、こせついた羽づくろいをしようともせず、立木の中の最も高い頂に四辺を眺めて居る小鳥の姿は、一種気稟あるもののように見えた。じっと動かない焦点が出来た為、私の瞳は、始めて動くともなく動いて行く白雲の流れにとまった。雄々しい小禽と一房の梢を前景として、初冬の雲が静かに蒼空の面を掠め、溶け合い、消え去って行く。――私はひとりでに、北方の山並を思い起した。今頃は、どの耕野をも満して居るだろう冬枯れの風の音と、透明そのもののような空気の厳かさを想った。底冷えこそするが、此庭に、そのすがすがしさが十分の一でもあるだろうか。
――間近に迫った人家の屋根や雨に打れ風に曝された羽目を見、自分の立って居る型ばかりの縁先に眼を移し、その間《あわい》、僅か十坪に足りない地面に、延び上るようにして生えて居る数本の樹木を見守った時、私は云いようのない窮屈さを感じた。
自然を追い込み、追い込みして、やっと息だけはつける隙間で、私共の生活は営まれて居るのではないだろうか。都会では、処々に庭と云う名目の下に切り遺された大自然の一部が、辛うじて、大地から湧く生命の泉を守って居る。私は、衝動的に、晴々と拘りない地平線を飽くほど眺めたい渇望を感じた。大らかな天蓋のように私共の頭上に懸って居べき青空は、まるで本来の光彩を失って、木や瓦の間に、断片的な四角や長方形に画られて居る。息吹は吹きとおさない。此処からは、何処にも私の懐しい自然全景を見出すことは出来ない。視覚の束縛のみではない。心がつき当る。東を向いても、西を向いても。豊かに律を感じて拡がろうとする魂が、彼方此方で遮られて、哀れな戸惑いをする。ああ、野原、野原。私の慾しいものは、宝石よりも館《マンション》よりも、
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