々しい。
 障子が一枚無人の裡に開け放されて居たのを思い出し、或は猫でもかかったのではないかと心付いた。私は立って行って、上から細かい網目の中を覗いた。そして、意外にも、餌壺に一粒の粟さえないのを発見した。
 いつも、さくさくとした細やかな実が、八分目以上も盛られたのばかりを見馴れた自分の眼に、六寸程の直径を持った瀬戸物の白い底が、異様に冷たく空虚に見えた。微かなショックに似たものをさえ、私は胸の辺に覚えた。
 今朝目を牽いた床の間の粟の理由も自ら明かになった。餌壺は、恐らく昨晩のうち、僅かの選屑と、なかみを割って食べた殼ばかりになって居たのだろう。二時迄机に向って居なければならなかった私共に、其を知る余裕はなかった。
 気の毒な小鳥等は、日の出とともに眼を醒し、兎に角嘴に割れるほどの実は食べつくし、猶漁って羽叩くので、軽い粟の殼は、頼りなくぱっと飛んで床の間に落ちたのであったろう。
 始めて私が見た時から、彼等はきっと、いつ餌壺が満されるのかと、情けなく眺め、囀って居たに違いない。不意に赤い小鳥の屍を見た時より、私は相すまない心持に打たれた。
 私は急いで粟の箱をさがした。そして、落し戸をあげ、餌壺を出して、塵を吹き吹き、二つの掌から粟を満した。次手に水も代えた。余程空腹であったのだろう。手を入れた時、さっと上の止り木に舞い上った鳥等は一枝、一枝と降り、私の指先がまだ皆は籠から出ないうちに、もう群れ集って食べ始めた。ツーともチチとも云わない。まことに飢えたものの真剣さを、小さい頭、柔かい背に遺憾なく顕わして、せっせと、只管《ひたすら》に粟の実を割るのである。
 微かながら絶間のないピチ、ピチ、と云う音をきき乍ら、私は、寂しい、憂わしい心持に襲われた。小鳥を飼う等と云う長閑《のどか》そうなことが、案外不自然な、一方のみの専横を許して居るのではなかろうか。
 此等の愛らしい無邪気な鳥どもが、若し私達が餌を忘れれば飢えて死ななければならない運命に置かれて居ると知るのは、いい心持でなかった。
 飼われて居ない野の小鳥は、自然の威圧にも会うだろうが、誰かに餌を忘られて、為に命を終らなければならないと云う憐れさは持って居ない。
 私は眼をあげて、隣家の屋根の斜面に、ころころとふくれて日向ぼっこをして居る六七羽の雀の姿を見た。或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴で
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