浦和充子の事件に関して
――参議院法務委員会での証人としての発言――
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九四八年十二月〕
−−
私も頂きました資料をよんで感じたことですけれども、やっぱり主人公である浦和充子が、子供を一人でなく三人までも殺したという気持が、このプリントに書かれてある範囲ではわからないのです。あれを読みますと、お魚に毒を入れて煮て、それを子供にわけて食べさせて、それをたべて自分も死のうと思ったということです。
そうすると小さい子と自分とが半分ずつわけて食べようと思っていたお魚の一切を、子供の一人が食べたがったものだからその子にやったというんですね。自分の分まで皆食べさしちゃった。何か人間の気持、親の気持からいって、自分が一緒に死のうと思っている子供に、毒を入れて煮た魚を、お母さん欲しい、お母さん欲しいといったから、さあおあがりといって自分の分まで余計にその子供に食べさせるということは、私どもにはわからない気持です。まあ普通の親でしたら自分は身体が大きいんだし、親だし、だから子供の始末をしてやろうとしたにせよ、半分にしろ欲しがったから食べさしちまうということは、非常に疑問です。つまりこの事件のファクター、素因のプロパーとして特殊の事情として、普通ではわからない心理が充子という人の気持にあります。
それから観察しているでしょう。こうやって見ていたら、顔を見ていたらだんだん黒くなってきた。そうして足を出したと、それだから苦しますと可愛想だから締め殺したと。
だけれども、毒をくわした子供の顔を見ているうちに涙にかきくもるといえば通俗小説ですけれども、それは泣けてくるんです。それを冷静に見ている、作家か何かが冷酷な気持でリアリスティックな気持で見ていれば、その段階がわかるでしょうけれど。――もがき始めたので、はっとなって、とりのぼせたというのならわかるけれども、だんだん黒くなったと見ているのはどうもあまり沈着なんです。そういう心理もわかりません。
それから私いま松岡さんのおっしゃったことで、女の人の具体的な感じかたを非常に面白く思ったんですけれども、私にもあのプリントで被告の身許引受人というのがわからないのです。あれにはただ身許引受人があったから執行猶予にしたとあります。身許引受人というものと、その充子さんという人との関係がわかっていないし、夫とその人との関係がわかっていません。ああいう生活過程をもっている女の人の場合には、ひとくちに身許引受人といってもいろいろのことが考えられるわけです。そういう点もプリントではわからない。
そこで判事や検事は、事件を社会問題としての面で強調して、生活苦ということを主張なさったわけです。けれども、どなたかふれられたように本人は生活苦じゃないといっているんです。そうすれば、あの殺した動機というのは、率直に申しますとつまりやけっぱちになった、つらあてという感情が非常に強く支配したんじゃないかと思うんです。つまりお酒を飲んで悪口をいうとか、悪態を吐くとか、ええこん畜生と思ったことを亭主につらあて、社会につらあて、人生に対する反抗心のすべてをああいう行動で表現してしまったんじゃないかということをやっぱり思えるんです。事件そのものとすれば、勿論戦争から惹き起されたことであり、『読売』の方がおっしゃったようにいくらでもある事件でしょうけれども、やっぱりこの事件にはこの人の性格というものが作用しており、それから夫婦関係の、記録なんかでは、とてもわからないいろいろの経緯がからみ、三人の子供が首枷になっているという女の非常に憎悪の気持、子供を憎む気持が非常にあるということ、ある境遇には非常に負担に思って亭主のお蔭でこういう目に遭うと、そういう気持というものを、こういう事件の中では現実に計算してゆかなければ、公平を欠くということになるんじゃないかと思ったわけです。
ここで、もう一つとりあげるべきことはこの裁判にはセンチメンタルなところがあると思われる点です。その点皆さん『朝日』や『毎日新聞』の方たちがおっしゃいましたけれども、被告は、私は生活苦からやったんじゃありませんといっている、それだのに、判事や検事の人が社会問題、生活苦だということを非常におっしゃる。それで寛大にする。それはやっぱり裁判の民主化とは、いろいろな官僚的でなく裁判をしようということで、また被告の人権を重んじようとする、平沢の事件なんかで皆が非常に困った立場になったというようなことから、へんてこりんな基本的人権の尊重のしかたで、この浦和充子の事件でも裁判所は被告の人権を重んずることを社会問題にすることで表現しています。子供自身の
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング