はひき込まれ、波紋と一緒にぼうっとひろがる。何処かわからないところへいい気持ちにひろがって行ってしまう。――水だって子供だって何処へひろがるのか、何のためにひろがるか知りはしない。子供はそのままいつか眠る。
三
窓のあるその部屋と、台所の方は――客間や玄関を引くるめて――別々の翼であった。二つの翼は廊下でつながれている。間に、長方形の空地があった。その空地は、家々が茅屋根をいただいていた時分でなければないような種類の空地であった。三方建物の羽目でふさがれ、一方だけ、裏庭につづいている。裏庭と畑とは木戸と竹垣で仕切られている。
その時分、うちは樹木が多く、鄙びていた。客間の庭には松や梅、美しい馬酔木《あせび》、榧《かや》、木賊《とくさ》など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂を出した薄、よく鉄砲虫退治に泥をこねたような薬をつけられていた沢山の楓、幾本もの椿、また山桜、青桐が王のように聳えている。畑にだって台所の傍にだって木のないところなど一つもなかった。木が生えていなければ、きっと青々草が
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