はひき込まれ、波紋と一緒にぼうっとひろがる。何処かわからないところへいい気持ちにひろがって行ってしまう。――水だって子供だって何処へひろがるのか、何のためにひろがるか知りはしない。子供はそのままいつか眠る。
三
窓のあるその部屋と、台所の方は――客間や玄関を引くるめて――別々の翼であった。二つの翼は廊下でつながれている。間に、長方形の空地があった。その空地は、家々が茅屋根をいただいていた時分でなければないような種類の空地であった。三方建物の羽目でふさがれ、一方だけ、裏庭につづいている。裏庭と畑とは木戸と竹垣で仕切られている。
その時分、うちは樹木が多く、鄙びていた。客間の庭には松や梅、美しい馬酔木《あせび》、榧《かや》、木賊《とくさ》など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂を出した薄、よく鉄砲虫退治に泥をこねたような薬をつけられていた沢山の楓、幾本もの椿、また山桜、青桐が王のように聳えている。畑にだって台所の傍にだって木のないところなど一つもなかった。木が生えていなければ、きっと青々草が生えて地面を被うている。それだのに、たった一箇所、雑草も生えていなければ木もなくむき出しのところがあった。それは例の、三方羽目に塞がれた空地だ。そこのがらんとした寂しい地面の有様が子供の心をつよく動かした。何故ここだけこんな何もないのだろう。――或る日、子供は畑から青紫蘇の芽生えに違いないと鑑定をつけた草を十二本抜いて来た。それから、その空地のちょうど真中ほどの場所を選んで十二の穴を掘った。十二の穴がちゃんと同じような間を置いて、縦に三つ、横に四側並ぶようにと、どんなに熱心に竹の棒で泥をほじくり廻しただろう! 根が入る位の大きさに穴が出来ると、一本ずつ青紫蘇に違いない木を植え込んだ。さあ、これで花壇が出来上った。――得意なのは子供ばかりではなかった。誰からも忘れられていたような空地も、その花も咲かないひょろひょろした花壇を貰って嬉しがっているようであった。
ところが二日ばかりすると、雨の日になった。きつい雨で、見ていると大事な空地の花壇の青紫蘇がぴしぴし雨脚に打たれて撓う。そればかりか、力ある波紋を描きつつはけ道のない雨水が遂にその空地全体を池のようにしてしまった。こんもり高くして置
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